毎月希死念慮と戦ってきた一週間に、PMSという名前があった

学生時代から十年以上、毎月生理前の一週間はひたすら希死念慮との戦いだった。
それは電車のホームで、交差点の真ん中で、会社のビルの屋上で、あるいはいつものバスルームで。頭痛や眠気も感じるけれど、そんなことが霞むほどに強い倦怠感と疲労感で身体中がどろどろに溶けるような感覚。何の理由もなく涙が流れ、息を吸っても吐いても苦しく、僅かな光さえ苦痛で瞼が開けられない。
その一週間だけなんとか乗り越えられたら、そこから視界は一気に晴れ身体が輪郭を取り戻し、普通の人間として生きていける状態になる。

何故あんなに死にたがっていたのだろうと不思議に思っているうちに、すぐ次の周期が始まる。テストも試験も会議も旅行も遊びもデートも、こんな身体ではなかなか万全な状態で迎えられたことがなかった。
それでも、学生時代はこれが普通なのだろうと思っていた。
みんなこんな思いをしながら平然と頑張っていてすごいな。
私も頑張らなきゃ。

だから、社会人になり、仕事帰りの電車内でスマホをいじっている時にふと見かけた「月経前症候群(PMS)」のページに、衝撃を受けた。
この程度でも苦しいと言っていいの?みんなもっと苦しい状態で耐えてたんじゃないの?
信じられなかった。
「月経前症候群(PMS)」を何度も検索しては、今までの自分がどれほどの苦痛に襲われてきたかを思い起こし、悲しくなった。検索しているうちに、「月経前不快気分障害(PMDD)」の文字を見つけた。
これだ。
やっと自分が抱えてきたものの正体が分かった。当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなかった。

私は、すごく頑張っていた。
ここまで、よく耐えたね。

低用量ピルという解決策を見つけても、やらない理由が浮かぶ

気づけば最寄り駅に着いていて、慌ててホームに降りた私はスマホを握りしめ声を押し殺しながら泣いていた。
ひとしきり泣いて落ち着いてきた頃、「月経前不快気分障害(PMDD)」の対処方法や治療について検索を進めた。色々なアプローチがあるが、低用量ピルで効果が期待できるらしい。

低用量ピル。
なんとなく聞いたことはあっても、身近な存在ではなかった。
旅行のために生理周期をずらす薬か、避妊するための薬だったような気がする。そんな程度の知識だった。調べると、処方には問診や内診があり、定期的に病院へ通う必要があるらしい。毎日一定時間に飲むことを絶対に忘れてはならないし、体に合うとは限らず重い副作用の可能性もある。必ず効果があるとも限らない。

ピルを保管していれば、毎日飲んでいれば、おのずと家族や周囲の人々にも知れ渡るだろう。詳細を説明できる域を越えたら、一体どう思われるか。
やらない理由ばかり頭に浮かんでしまう。
婦人科のホームページを検索しては、予約ボタンを押せずにホーム画面へ戻る日々が続いた。

散々迷ってきたけれど、守りたい存在のためなら決断できる

生理まであと約三日。
いつも通り夜泣きする娘を抱っこ紐に入れ、ゆらゆら揺れながら窓の外の星空を眺めていたら、突然腹の底から負の感情が襲ってきた。
「こんなに子を泣かせる母親なんて、生きる資格ない。今すぐここから飛び降りて消えなきゃ」
焦りながらベランダに出ようと鍵を開けたところで、トイレに起きた夫がリビングに来た。
「そんなに慌てて鍵ガチャガチャして、どうしたの」
混乱しながらも、自分の行動がばれてはいけないものだと思った私は、とっさに「虫がいたから」と言いながら逃げるように寝室へ走った。寝息をたて始めた娘をそっとベビーベッドへ降ろした私は、すぐにポケットからスマホを取り出し、婦人科のホームページから予約ボタンを押した。

このままではだめだ。
私には、守るべき存在がいる。
言い訳して逃げていたら、いつか守りたいものを守れなくなってしまう。腹の中の悪い虫を、とっとと追い出してやろう。

決断した瞬間だった。

飲み始めて三ヶ月。
今までの辛い一週間が、なんだかぼんやりと薄まったような感覚になった。心がざわざわするけれど、さざ波程度に揺れるだけ。どろどろと溶けることは無くなった。
完治というわけではないし、通院の負担はあるし、毎日同じ時間に忘れず飲むのがなかなか大変で、スマホのアラームに何度も助けられている。
それでも、やはりあの時に決断して本当によかった。

もう、いつか娘を抱えたまま衝動的にベランダの鍵に手をかけてしまうかもしれない、という最悪の妄想に怯えずに済む。守りたい命を、安心して守り続けることが出来る。
これほどありがたいことはない。
自分で自分がコントロールできなくなるほどに、ホルモンの影響は絶大だ。だからこそ、それを薬でコントロールするには大きな決断が必要になる。
過ちを犯す前に決断できたことは、私の人生の中で大きな功績と言えるだろう。

決断してくれて、命を助けてくれて、本当にありがとう、私。