一人暮らしに向けて整理整頓。思い出の物がなかなか捨てられない

私は今、大きなごみ袋片手に、散らかった自分の部屋と向き合っている。
「はあ、汚い。掃除しないと」
平日、仕事が忙しいのを言い訳に、服やら、書類やら、ペットボトルやらが床に落ちている。来週、私は一人暮らしをすることになっているのだ。どうにかしなくてはならない。

私は物をためてしまうタイプである。
お店でもらった紙袋も、いつか使うだろうと取っておいてしまうタイプ。
でも紙袋にたくさんの紙袋を入れて紙袋イン紙袋、もうさすがに、こんなに紙袋を使うことはないだろう。捨てよう。
実家にあるものを取捨選択して、新居に持っていかなければならない。
この際、要らないものはフリマアプリで出品して、どんどん捨てていかなければ。

改めて自分の部屋を見渡すと、過去の自分のいろんな思い出がいっぱい詰まっている。
社会人1年目で、休日に一目惚れして買ったスイカとオレンジのクッション。少しでも気持ちを華やかにしたかったのかもしれない。
元彼に貰ったカバン。物に罪はないからと捨てられていない。うん、もう捨てよう。
高校生時代にピアノを練習していたときに使っていたテキスト。うん、新居ではピアノ禁止だから使わないか。フリマ行きだな。
無職時代に勉強した簿記のテキスト。うん、これは残しておこうか。
部屋を掃除している途中で、過去の思い出に触れ、どうしても作業の手が止まってしまう。
ああ、こんな時もあったな。あの頃、頑張ってたな。楽しかったな。そして、そのたびに捨てるのを躊躇してしまう。

さすがに掃除中に、小学1年生のときの「すずむしのかんさつ」という夏休みの課題作品が出てきたときは笑ってしまった。
拙いひらがなで、すずむしが羽を擦り合わせて音を鳴らしている様子を、イラストと写真付きで一生懸命伝えていた。きっと母に手伝ってもらったのだろう。途中から、やけにきれいなひらがなに変わっていた。
ああ、これもどうしようか。なんか捨てずに残したくなってしまうのである。夏休みの宿題、まだ終わってないの!と怒られながら取り組んでいたあの頃の記憶が蘇る。

物には「あのとき」の自分だから感じられた世界がつまっている

友達との思い出の品もたくさんある。昔撮ったプリクラはもちろん、学生時代にやり取りした手紙、シール交換手帳なども出てきた。シール手帳って、懐かしいな。小学生のときに流行ったキラキラシールや、イラストが動くシール、液体が入っているシール。
あの頃は、シール集めに夢中で、よく友達の家でシール交換をしていた。今思えば、なぜそこまでシールに命をかけていたか分からないが、手帳にお気に入りのシールがたまっていくワクワク感は覚えている。
大人になった自分には分からない、あのときの自分しか分からない世界がそこにはあったのだろうと思う。
友達とケンカして、仲直りしたときの手紙も出てきた。
けんかしてごめんね。またぜったい、遊ぼうね!!
よっぽど嬉しかったのだろう。学生時代の自分が捨てずに、今まで残していたのだから。

捨てなくちゃ、ああ、でも捨てられない。
そんな葛藤をしながら、手を止めながら、私はごみ袋に少しずつ物を入れていく。
物を捨てたとしても、思い出を捨てたわけじゃない。心の中に、過去の自分や友達との思い出は、ずっと残っているはずだから。でも、どうしても捨てたくないものは、捨てないからね!
捨てられない私の戦いは、まだ続いていく――。