腹痛と吐き気が同時に襲いかかってくる時、ご飯の匂いがきついと感じる時、私は「出産」が頭をよぎる。一日中その症状に悩まされることはないが、もし自分が妊娠をしたら、その苦しみに耐えられる気がしない。
それが今、率直に思うことだ。

裕福ではない中で母が弟を産んだのには、理由があったのだろう

今年晴れて30代に突入するのだが、同級生の中には既に2人目の子供を出産している人もいる。実際、私の母も30歳の時、弟(2人目)を出産している。
弟が産まれる日、病院内を走り回って祖母に怒られ、大人しくしておくようにお菓子とジュースを売店で買ってもらった記憶がある。肝心な初めての対面の記憶は抜けているのだが、家に迎え入れてからはよく面倒をみて、お姉ちゃんの役割をしていたように思う。

私も母が私を産んだ歳くらいには1人目を授かり、子育てしているだろうと考えていた。現実は出産どころか結婚も考えられない。
結婚・出産は未知との遭遇だ。結婚・子育てはもちろん、出産にもお金がかかることを知り、絶望した。自分の面倒も見切れていないのに、子供の面倒なんて到底無理だと思った。

私にとって金銭的なことはかなりネックで、家庭が裕福ではなかったのでお金のことでよく両親が喧嘩していた。
それなのに何で2人も子供を産もうと思ったのだろう?と親を恨んだこともあれば、反対に自分の存在を申し訳なく思うこともあった。私がまだ私として母の胎内にいない、単に2人の子供を想像している時が1番幸せだったんじゃないかと考えてしまうこともあった。
それでも2人目を考えたのは、1人目の出産で生じた痛みや苦しみよりも、愛しさや幸福を感じたからだろうか。出産を経験した人は口を揃えて言うのだから間違いないのだろう。

子どもを抱いて「命の重さ」を知ったとき、不安に襲われた

昔は赤ちゃんしかり子供を「命」としてではなく、ある種「小さな個体」として捉えていた。
弟やその同級生がまだ小さい頃も見てきたし、今でも小さい子は可愛いと思う。でもそれは、あくまで両親や人様の子だからそんなことが言えるのだ。
大人になって人様の子を抱かせてもらった時に、「あー、今自分の腕の中に命がある」とひしひしと感じた。体温がとても高く、ずっしりとしていて、それが「命の重さ」だと知った。
その時、自分が子供を授かることを想像して不安に襲われた。そして自分は「子供を授かれる」という前提で出産を想像していることに落胆した。

高齢になってくればリスクも伴う。子供を考えているなら、きちんと自分のライフプランに組み込む必要がある。そうなってくると、働き方を考える必要もある。
そのバランスに悩みながら世の女性は考えて生きていたのだと思うと、急に自分とは生きている世界が違うと感じた。そちら側へ行くことは、行けることはないのではないかと思う。
また、産んでしまえばそれで終わりではないし、痛みだけであれば女性は男性よりも耐性があるというが、「身ごもっている間に何かあったら?」「自分の体質が胎児に悪影響を及ぼしたら?」といった不安や恐怖が相まって、精神的・体力的消耗につながるのではないかと想像してしまう。

心身が強くない私の苦しみを、我が子も経験するのだろうか

私は自分の血が自分の子に、濃く受け継がれるのが嫌だ。私の血を濃く受け継いでしまったら、きっと生きることが辛いタイプの人間になってしまう。
「生きるなんてしんどくて当たり前」と思うかもしれないが、私は小さい頃病弱で入退院を繰り返していたし、月経前や過度のストレスがかかると不安障害に陥ってしまう。
小さい頃からその気はあったが、年齢とともに酷くなっていった。そんな辛いこと、自分が代わってあげられない苦しみを「愛しの我が子」が経験すると思うだけで胸が痛い。それを支え、それ以上の幸せを与え、導くことが親の務めなのだろう。

幼い私は、出産は結婚と同様、大人になれば自然と「できるもの」だと思っていた。それから少し大きくなると、難しい人がいることを知る。そして現在の私は、「するか、しないか」という選択を持ち合わせている人もいるのだと分かった。
だからこそ出産は神秘的で、奇跡的で至高な体験なのだろう。