7年間目指し続けた「正解」を、たった1回の出会いで捨てた。
そして私は今、カンボジアにいる。

5ヶ月前の秋の夜。心に突き刺さった問いが私を動かした

4月のカンボジアは気持ちがいい。
朝5時になると、近くのお寺から丸っこい音楽が流れ、鳥たちが元気よく鳴き始める。
宿舎の屋上に上がり、土埃に薄汚れたヨガマットを広げる。
朝焼けの空を眺め、涼しい風を浴びながらヨガをするのが日課である。
「生きててよかった」
そう思う瞬間だ。

カンボジアに来ることを決意したのは、たった5ヶ月前である。
忘れもしない、秋の夜。
「夢があるなら、なぜその夢にまっすぐ向かわないのか」
心の突き刺さった問いが、私を動かした。

5ヶ月前、私はコロナで延びに延びた長期留学でオランダに行く予定だった。
長期留学は高校生の頃からずっと目指してきた。大学に入学し、留学から帰国した先輩たちの冒険譚を聞きながら、きっちり計画を立て、着実に準備を進めていた。
そして2年前、大学3年の4月。長期留学が決まった矢先にパンデミックは始まった。
その後は「来学期はいける」と言われながら、応募しては、中止になった。
学年だけは勝手に上がっていく。周りの友人はこぞって留学を諦めて就活をしていた。
私も同じように就活を始めた。
でも就活をすればするほど、モヤモヤとした感情が色濃くなっていった。

文系大学生は夢がある方が生きづらいけど、大学院へ進学を決めた

私にはやりたいことがあった。
NPOの研究。
それを志して大学も選んだ。
でも実際に大学生活を送ってみて気づいたのは、文系大学生は「夢」がある方が生きづらいという現実だった。
専門性などない私たちは、組織の色に染まりやすい方が、会社としてもいいのだろうか。
やりたいことなどない方が、レールの上にしっかり乗ってくれて良い「人材」なんだろうか。
就活の説明会で、大真面目に首を縦に振りながら話を聞いている就活生たちに、私はついていけなくなった。
そして私は就活をやめた。
大学の先生にも、初対面の社会人にも「文系が学部卒で大学院に行ってどうするんだ」と言われながら、「NPOの研究がしたい」という夢を追って大学院に行くことを決めた。

感じていた「正解」はコロナで崩れ去り、向かう先が分からなくなった

夢を追う人に対して、少なくとも私の周りの社会は優しくはなかった。
「NPOの研究なんかして何になる」
言い返せるだけの材料を持っていなかった私は、だんだん「NPO」という単語を使うことさえ憚り、自分の夢を言葉にしなくなった。

そんな私の心の拠り所は、まだ残してあった留学という選択肢だった。
しかし、学生期間を延長してまで手にした留学への切符は、手の中でその価値を失っていった。
行きたかったアメリカに行けなくなったのだ。理由は大学院生だから。
コロナは誰のせいでもないけれど、たった数年歳を重ねただけで挑戦する資格さえ失っていた。
それでも周りのサポートの甲斐あって、なんとかオランダの留学に決めた。志望理由をひねりだしてなんとか書き上げた。

コロナが始まるまで、大学の2年か3年で留学して名のある企業に就職することが「正解」だと思っていた。
コロナでその「正解」が崩れ去ったあとに、見せつけられたのは、大学を4年で卒業して、一流の企業に就職するという次の「正解」。
戸惑いながら色褪せた方の「正解」を追い続けたけど、この先にいったい何があるのだろうか。
私はもうどこに向かえばいいのかわからなくなっていた。

初めてもらった温かい言葉。話して考えて、私の腹は決まった

そんな時、忘れもしない出会いがあった。
肌寒さを感じ始めた秋の夜、小さな居酒屋にて。
知り合いの紹介で、あるNPO法人の創設者に会った。
「この人はNPOの研究をしてるんですよ」
紹介されたものの、自信なさげに座っている私にその人は言った。
「いいね!君は10年後の未来を見てるよ」
私は目を見開いた。
4年間で初めてだった。
こんなにも心が温かくなるような応援の言葉をもらったのは。

この人の組織に行きたい。帰り道の電車の中で、このNPOのホームページを探した。
応募できるポストがあった。
場所はカンボジア。
よく相談に乗ってもらっていた社会人の先輩にメッセージを送る。
「急な話ですが、進路に迷い出しました。ご相談させてください」
1週間で10人ほどと話した。何度も自分の直感を疑った。
話せば話すほど私の思いは、心にストンと落ちていく言葉に精製されていった。
私の腹は決まった。
この組織で働きたい。

無事に採用されてカンボジアに渡った。
大学院生としてNPOの研究をしながらカンボジアで働く。
とっくに「正解」からは遠ざかってしまった。
でもここは、「夢」を追えと、言ってくれた人がいる場所。

「この決断でよかった」と日本に帰るときも言えるように、私はこれからも「夢」を追う。