私が20歳の時にした決断がある。
それは“沖縄に移住すること”。
今考えてみれば、それは本当に本当になんとなくの直感だったと思う。
知り合いがいなくても、大好きな場所に住む。それだけで十分
沖縄が好き。沖縄に住みたい。
友達もいなければ知り合いもいない。でもそんなこと、1ミリも考えなかった。
大好きな場所に住む。それだけで十分だった。
私が知っているOKINAWAに身を任せればきっと大丈夫。
友達もできるし絶対後悔しない、その自信があった。
それから3年、適度に仕事をして、気の合う友達が出来て、休みの日には一緒に沖縄の海巡りに行く日々。
なにも考えないでチルソングを海辺で流しながら、白い砂浜に太陽を浴びる植物が作り出す日陰に寝っ転がって、ゆったり流れる雲を見ながら時間を過ごす。
こんなふうに過ごす時間が心の底から大好きだ。
少し時間が経って日が暮れてきたら、真っ赤に染まる夕陽を見ながら少し涼しい風を車で切って走る。
私の中での最上級レベルの幸せだ。
ここにはサイゼリヤもなければ遊園地もないけれど、そんなことどうでも良くなるほどに。
透き通るほどに青い海には色鮮やかな魚が彩った海中を見せてくれるし、夜空に広がる無数の星も、出汁が効いた温かい沖縄そばもある。
お金も使わなければ、順番待ちや人混みでストレスが溜まることもないどころか、むしろ幸せ度が上がるばかり。
20歳での軽い決断は人生を大きく変え、毎日ワクワクする
冒頭でも書いた通り、正直いうと20歳の私が下した決断の重さは今思うと笑ってしまうくらい軽くて、どのくらい軽いかというと、お昼ご飯になにを食べようか迷った時、「あ、マクドナルド行くか」ってくらい軽かった(笑)。
でも若さゆえなのか性格ゆえなのか、その軽さがあってあの決断をして、私の人生は大きく変わった。
もうこれからもずっとずっとこの島で生きていきたいと今は思うほどに。
これから先も一緒に過ごしていきたいと思える大切な人たちに出会えて、この暖かく心地よい風にずっと揉まれて生きていきたい。
私にとっては大切な家族や友達がいる地元も大切。だけど好きな曲がまたひとつ増えるように、好きな場所がもうひとつ増えて、そこで暮らしていく日々にワクワクを感じる。
悩んだときは、「ワクワクの花」がどちらの道に多いか考える
「人生は決断の連続である」
かの有名なイングランドの劇作家、ウィリアム・シェイクスピアの作品の中で出てきたセリフ。
1日の中でも、小さなことから大きなことまで数多くの決断をする中で、私が大切にしていることがある。
決断した後の困難や後悔は仮定に過ぎないため、一切考えない。
そして2つ道が出てきてどちらの道を進もうか悩んで決断する時、“ワクワクの花”があったとしてそのどちらの道に一輪でも多く咲いてそうか、それが私が決断を下す方法だ。
事細かな決断から大きな決断まで、そのどれもが結果として未来に繋がって行く。
だからどの決断も後回しに、適当にしてはいけない。
ミライとして私の前に現れるから。