晴れて大学卒業が決まり、春から新社会人。休学と留学を挟んだせいで五年間大学生をしたけれど、まあまあいいところに就職できた。このご時世、正社員になれるなんて恵まれている。ありがとう。

内定が決まってからこっち、最近までずっとずっとこんなことを自分に言い聞かせてきた。
そうそう倒産しなさそうで、内定取り消しなどという世間を騒がせるようなこともしなさそうなお堅い会社に、意外とさらっと入れてしまったというのに、どうももやもやした気持ちが消えてくれなかった。
それは、大学院に行きたかったから。

そこそこの大学を出たくらいの文系の女の子が、大学院に行ったって苦労するだけだよ。
学卒で就職しておきなさいよ、そんなに成績もいいわけじゃないんだから。

大学院に行きたいんです、と大学の院進学相談課と就職課の人に相談すると、たいていこんな返事が返ってくる。しかも、私が研究したい学問は政治学で、それを生かせる職は、大学教授か国連職員くらいしかない。
いわゆる新卒カードを無駄にするのか、と詰問されても院に行きたいと言い張れるほど、私は心が強くなかった。

驚きの連続だった就活を経て、内定は得たけれど

院に行っても職がなかったら困る。いい加減年金を払わないと老後のお金がなくなる。コロナが収まってから、学生になればいい。
そう言い聞かせて始めた就活は、驚きの連続だった。

まず、ものすごい数の企業がわざわざ大学に来て説明会を開いてくれるのだ。
どこの馬の骨ともわからない学生に向けて、自社の良さをアピールし、志望者を必死に増やそうとする人事担当者たちと、授業の数倍真剣な表情をして彼らの話を聞く同級生たち。
大学院からは見向きもされないのに、企業は必死になって学生を誘ってくるのがとても不思議だった。
しかも、彼らはディズニーランドのキャストさん顔負けの笑顔を貼り付けて、私たち学生をほめちぎるのだ。いやいやいや、働いている方からしたら私の学校生活なんてままごとみたいなもんでしょうよ、と思いながらも、悪い気はしなかった。

そうこうしているうちに、エントリーだ面接だとスケジュールが迫ってきて、気づいたら何社かからの内定が残っていた。

大学院に行けないなら、と投げやりになっていた私は、入社する会社を決める基準も適当だった。一番歴史があって、お金があって、つぶれなさそうなところにした。
今考えると、コロナが落ち着いたら大学院に行ってやろうと考えていたのになんで、と笑えてくるのだけれど。当時の私は、負けた、という気持ちが強すぎてもうどうしようもなかったのだ。

なぜ私は政治学を学びたいのか。その答えから大切なことが見えた

学問への未練がいっぱいだった私は、内定が決まってからは本ばかり読んで過ごした。しかも、新卒でつく職とはおよそかかわりのない、政治学の学術書ばかりを読み漁った。
そんな生活を半年ほど続けて思ったのは、私には圧倒的に経験が足りない、ということだ。

政治学は、机上の学問ではあるけれど、学者だけのものではない。最終的なゴールは市井の人々の幸せだ。
過労死ギリギリまで働いてもお金持ちになれない悔しさとか、保育園が決まらない焦りとか、親の介護の辛さとか、そういう生きづらさを何とかいい方向に改善しようとする学問だ。
それをしようとしているのに、私は市井の人としての経験が足りなかった。

そう思ったとたん、妥協のつもりだった就職が急に意味のあるものに感じられた。誰かに養ってもらいながら社会を見ているだけでは、甘っちょろい。ちゃんと自分の足で立って、自分で自分を養ってみて、社会がどう見えるかを考えたほうがいいと思った。

だから、四月からは一生懸命働いて生きようと思う。そうして感じた怒りとか、悲しみとか焦りとかもどかしさとか、そういうものをちゃんと大事にする。将来、学校に戻るときに大いに生かせるように。