「ストーカー」
そう聞いて何を思い浮かべるだろうか。
何百ものメールや不在着信、家への押しかけなどを想像する人も多いのではないだろうか。

私は新卒で入社した会社で、ストーカーに遭った。
何百ものメールや不在着信はなかった。交際の強要も、自宅での待ち伏せもなかった。それでも、私はそれをストーカーだと思ったし、毎日が苦痛だった。
何より辛かったのは周りの反応だった。それについて、書いていこうと思う。

通勤電車が一緒の同期。気を遣わないよう別の車両に乗るように

相手は同期の男性で、印象は「ほぼ喋らない真面目そうな男性」だった。同期は人数が多く仲が良かったが、彼は輪に入ることなく、定時になると誰よりも早く退勤していた。あまり濃い人間関係は嫌なのかな、と同期の間で話したのを覚えている。

おかしいな、と思ったのは入社から2週間ほどたった頃だった。
通勤経路が唯一かぶっていたので、彼とは入社当初から度々同じ電車に乗ることがあった。なぜか2人きりになると、こちらが返事する間もないほどに話しかけられるので、通勤時間は静かに本を読みたかった私は毎日別の時間・別の車両を選んでは乗り込んでいた。
彼も気を使って話しかけてくれているのだろうと思っていたので、これで両者とも落ち着いて通勤できると思っていた。

それなのに、いるのだ。私より20~30分早く退勤して足早に会社を出ているはずの彼が。毎日毎日、車両を変えている私の横に「あれ、お疲れ」と偶然のように座るのだ。

帰りの電車にはいつも彼。なぜ私のほうが逃げないといけないのか

そんな状態が1週間続いて、明らかに異様だと感じた。すぐに別の同期に相談して一緒にカフェで時間をつぶしてもらったり、彼よりも早く会社を出たりしたが、それでも隣には彼が来た。経路を変更したり、夕食をとってから帰るときはさすがに見当たらなかったが、別の経路はあまりに大回りで時間もお金もかかり、外食も毎日では出費がかさむ。
何より、どうして私が逃げ回らなくてはいけないんだ、というやるせない気持ちが大きくなった。

朝は出勤ラッシュで人混みに紛れることができたが、帰りは始発駅だったため避けるのは難しかった。本を読んでいてもスマホを触っていても、彼はお構いなしだった。
LINEは1度食事の誘いを断ったきり来なくなり、電話も家に来ることもなかったが、なぜか帰りの電車で彼から逃れるのは至難の技だった。

明日が怖い。助けを求めた人事課の対応は

「どうしてこうなってしまったんだろう」
何度も考えた。彼が何をしたいのかが分からず、とても怖かった。彼の所属する事業部が社員の情報を閲覧できる権限があることも恐怖を増した。
私のどの行動が、この結果を招いたんだろう。なにが悪かったんだろう。今日の帰りが怖い。明日が怖い。ずっと、ずっと怖い。
追い詰められた私は直属の先輩に相談し、人事課に直談判することになった。

「彼に誤解させることを言いませんでしたか?」
「派手・華美な服装やメイクではありませんか?」
これが、実際に私が言われたことだった。
そして、人事課との話の場を設定してくれた直属の先輩に対しての人事課の答えは、次の通りだった。
「彼女は深刻そうではなかった。そんなに悩んでいるわけではなさそうだと判断した」

私はそれまで、数え切れないほど自問自答した。
私のどの行動が、どう誤解させたんだろう。
私のなにがよくなくて、こうなってしまったんだろう。
会社に相談することで、彼の立場が危うくなるかもしれない。冤罪だったらどうしよう。私の思い違いだったら、自意識過剰だったら、どうしよう。恨まれるかもしれない。どうしよう。どうしよう。どうしよう。

悩みに悩んで、それでも助けを求めた結果がこれだった。考えるより先に口から「もう、いいです」と出ていた。無駄だったのだ。私の勇気も、なにもかも。

泣き寝入りせず、抗議文を上司に。一緒に戦ってくれた人がいた

その日は眠れなかった。悔しかった。
冷静に話をしないと対話にならないと思って、自分を押さえ込んで話した姿勢が「深刻そうではなかった」と判断され、彼の行動よりも「期待させていたこと」を指摘された。
深刻だから相談したのだ。たくさんのリスクがあることを知った上で言ったのだ。
たとえ私の服装が華美であっても、つきまといや待ち伏せをしていい理由になるのだろうか。駅のホームできょろきょろとあたりを見渡しながら歩く彼の後ろ姿を見た私の絶望は、そんなに小さく扱われるものなのだろうか。

もう辞めることになってもいい。
そう思って、私はA4びっしりに抗議文を書いた。私が今までどう思い、どう過ごし、会社として今後どのようにあってほしいか。実害が分かりにくいので対応が難しいのは承知しているので、せめて会社主催のイベントでは同じグループにしないなどの措置をして頂きたいこと。今の状態を、把握だけしてほしいこと。私の服装や彼への態度等への発言が、非常に辛かったこと。
翌日、それを人事部長に提出した。

抗議文は功を奏して、人事課から正式に謝罪を頂き、その後も諸々対応して貰えることとなった。
また、その後彼は別件で私に対して社内規定の違反を犯し、人事から正式に注意と次回違反時には懲戒会議にかけられる旨の警告が発せられた。

その後、私はやりたいことを求めて別業界へ転職し、いまはとても平穏な日々を過ごしている。
あの夜、泣き寝入りせずに抗議文を書いてよかった。「もういいです」と言った私の意思も、「やっぱり、悔しいので抗議します」と言った私の意志も尊重して一緒に戦ってくれた先輩がいたことや、カフェで時間をつぶすのを手伝ってくれた同期がいたことも、とても幸運だった。
ただ、そうできる人ばかりじゃないことも、それが許される環境ばかりではないことも知っている。

今日も私は、あんな眠れない夜を過ごす人がもう出ないことを祈ってやまない。戦うことを賞賛するばかりではなく、戦わずに済む社会にしたい。
誰ひとり傷つかない方法なんてないと分かっていても、できる限り優しい世界であってほしいと思う。それがどんなに難しいことだとしても。

その方法はまだ分からない。だから私はせめて、こうして自分の経験を誰かに届けられたらと思う。