私は最近、寝つきが悪い。学校、バイト、就活。ずっと何かに追われている感覚がある。
毎日、明日になるのが嫌だ。もしかしたら眠れないというより、眠りたくないのかもしれない。
そんな気が詰まる夜は、会いたくなる人がいる。それが、私の眠れない理由であった。
「朝霧の如く」の登場人物「ヤス」は、自分とどこか似ている
私が会いたい人は映画の中にいる。私は精神的に疲れを感じると、「朝露の如く」という自主製作映画を見たくなるのだ。その映画の登場人物である「ヤス」は、自分とどこか似ている気がした。
物語は、主人公であるナオヤが好きなバンドのライブへ行く支度をするところから始まる。
アメリカへ行くため、空港まで送ってくれる友人に急かされ、自宅を飛び出した。空港へ向かう道中、ナオヤがまだ大学3年生だった5年前のある夏の夜を思い返す。
その夜、ナオヤは久しぶりに友人のヤスと会っていた。二人で夕飯を食べたあと、ヤスの提案で散歩に出かけることになった。その中で、互いの人生観や将来について2人が語り合うシーンを主に物語は進んでいく。
ナオヤは普通の大学生だった。就職活動を考え始めていて、有利に進めるためインターンシップへの参加も試みていたところであった。
一方でヤスは、世界を股に掛けるギタリストになるという大きな夢を持っていた。しかし、特に将来の自分に対するイメージは抱けないまま、のらりくらりと暮らしていた。
そんな対照的な2人が、如何にも若者が1度は通りそうな哲学を語り合っている様は、年齢が近い私としても聞いていて面白いものだ。特にヤスの考え方には共感できるものが多く、彼の考え方が垣間見えるセリフの一つ一つが、どこか心地よく感じた。
タバコを吸うように、映画を見ることで得られる快感と負担
この大好きな映画の中でも1番好きなセリフがある。それは「遠い先のことばっか考えて、目の前にある快感を逃すのはもったいない」というヤスのセリフだった。初めてそのセリフを聞いた時の衝撃を、もう何十回目かわからないが、今でも思い出す。
ヤスはその言葉より以前に、「数年後に自分が働いてるとことか想像できないんだよね」とも口にしていた。私は就職活動に手をつけているが、もうすぐ自分が社会人になるなんて想像できない。
ただ、そんな私を置いて時間は無常に過ぎていく。状況こそ違えど、彼と私は似たような気持ちを抱いているのだろうと思った。
彼は「目の前にある快感」を、指先で捉えていたタバコに準えて話していた。いつか身体が悪くなることばかりを考えて、今タバコを吸うという快感を逃すのはもったいないという理屈なのだろう。
私はタバコを吸わない。ただ、セリフを覚えてしまいそうなほど見たこの映画をまた見ていることは、現実から逃れられる快感だった。と同時に、それを得ることは、未来の自分に負担を負わせる行為でもあった。
この映画を見る時間で、日常に必要なタスクをいくつかこなせたはずだからだ。かなり広義に捉えたが、私にとってこの映画は、彼のタバコと同じだと思った。
真夜中に逃げられる場所があると思うだけで、心が安らぐ
昨年末から就職活動を始めて、何度「ご活躍をお祈りします」と言われただろうか。
就活をやらないといけないことはわかっているし、やめるつもりはない。しかし、ほとんど会ったことない人間に品定めされて、自分でも見据えられてない未来の活躍をお祈りされる状況を、快く受け入れているわけでもない。
そんな時、ヤスのこのセリフを聞くと、目先の快感に逃げてもいいんだと少し楽になる。
現実は何一つ変わらない。でも、ただその言葉を聞くだけで、この真夜中に逃げる場所があると思うだけで、心が安らぐような気がした。
また気がつまったら、あの映画の中へ逃げよう。それが明日かもしれないけれど、それでもいい。その時もまた、先のことなど忘れて、彼らと眠れない夜を過ごせばいい。