高校を卒業して家を出る。旅の準備はいつだって楽しい

高校を卒業して、家を出ることになった。
出る、と言っても大学には寮があったので、どうせ誰かと相部屋なのだが、18年間一緒にいた家族と離れて暮らす、ということは、頭では考えていても、実際にどうかというリアルなシミュレーションが難しい。

大学はかなり遠く離れた場所にあるので、飛行機で乗り継がなくてはならなかった。
母に相談をすると、「その日の最終便しか残っていないから、途中で一泊して、翌日乗り継いで行きなさい」と言われた。
なんだかんだでホテルを決めるのが1番楽しい。遠足前のあの感覚に似ている。あの時も当日より、お菓子の買い出しに行った前日の準備が楽しさのピークだった。
内装が綺麗で広い部屋のホテルも沢山あったが、乗り継ぎのための短い滞在なので値段は安い方が良い。3日ほど迷って、結局空港近くにある小さなホテルの一室にした。

準備の最中、ふとそういえば飛行機に乗ったり、ホテルを利用するのを、一度も1人でしたことがなかったと気づいた。
元々出不精だった私は、周りの同級生のように友達だけで遊びに出かけるようなこともなく、特に中学に上がって以降は、部活が忙しいのもあって、たまの両親の休日に行く家族旅行が数少ないお出かけだった。

とうとう親と別れ、たった1人で飛行機に乗って新しい地へ

当日、予定より早いうちに空港へ着き、時間が多めに余ったので空港内のカフェに入った。
私の前に置かれたアイスココアは大きいサイコロのようなブロックアイスが、細長いグラスの中でせめぎ合ってギシギシ音を立てていた。思っていたより濃かったせいか、それともこれからの搭乗手続きやもっと先の大学生活のことが気になっていたのか、飲み切る頃には氷はすっかり溶けていた。
とうとう親と別れて飛行機に乗り、2時間ほどして、ようやく到着したのは太陽が沈み切ったあとの夜。

飛行機を降りた瞬間、強い向かい風が吹いて、帽子が飛ばされない様に頭を押さえながら荷物の受け取りに行った。が、いつまで経ってもキャリーケースは流れてこず、他の乗客はほぼいなくなり、焦ってもう一つの違うエリアとぐるぐる行き来した。
やっと受け取り、外に出たはいいものの、タクシーの乗り方を知らない。空港の灯りは次々に消えていく。一先ず公衆電話らしきものを見つけ、そこまで荷物を運んでいると、親切なタクシーの運転手が声をかけてくれた。
無事ホテルに着き、荷物を部屋に置くと、そこでようやく一息つけた。
朝早い便に乗るので、だらけたい気持ちを抑えつつ寝る準備を終わらせて、持ち物を念入りに確認してから部屋の電気を消してベットに入った。

情けない自分と未来の可能性を抱きしめて、高鳴る胸と共に眠る

ベッドに入り、寝よう寝ようと布団をかぶっても、胸騒ぎがして寝付けない。
ここに私を知る人間は本当に一人もいないのだと、この一日を通して改めて思った。
頼る存在が近くにいないというだけで、こんなにも何もできないのかと、世間知らずな自分自身に若干の失望さえあった。支えてくれる人達から離れた自分は、頼りないどころか何でもない存在なのだと痛感した。
だが、この胸騒ぎはきっと、そのことだけではない。何もできなかった今日、何者でもない私の未来は、どれだけの可能性へと続いていることだろう。私は布団の中で、そんな思いが浮かんでいた。

情けない自分に落ち込む間もないほど、全てが新鮮で見慣れない。私が抱えていた些細な不安など、あの飛行場の突風が、一瞬にして吹き去ってしまった。この先に待つ新たな出会いが新しい私を形作っていき、そしていつかこの夜のことを懐かしく思い出す。そんな日がやってくるだろう。

羽毛布団の中で、指先はまだ微かに震えているというのに、変わらず胸は高鳴る。
明日への期待が、この鼓動が、ひとりきりの真っ暗なワンルームを照らしていた。