27歳にもなると、眠れない夜はいくつもある。
とくにここ最近は、周りの友人や同級生がぼちぼち結婚し始めたことへの焦りとか、30歳になる前に転職をした方がいいのかしらとか。
一度頭に浮かんでしまうともうダメで。一晩で答えを出すようなことではないと分かっているのに考えることは止められず、モヤモヤは枝葉のように広がって、誰かの幸せと比べたり、落ち込んだり。深くなる夜と共に心も暗くなり、足の裏にじっとり嫌な汗をかいたりもした。

2年ぶりの推しのライブの前夜。ワクワクで眠れない

けれど、先日訪れた眠れぬ夜は少し事情が違っていて、私の胸は高鳴っていた。
理由は単純で、いわゆる“推し”のライブの前日だったのだ。
私の推しは、ご当地アイドルと呼ばれる類のグループに所属していて、世の中がマスク必須になる前は、電車に乗って、時には車で、なかなか熱心に現場に通っていた。
ただ、自粛を求められるようになってからはおいそれと県をまたぐこともできず、今回推しがソロで行うライブイベントには実に2年ぶりに足を運ぶこととなった。
ワクワクするなという方が無理な話だ。

部屋の電気はとっくに消した。ただでさえ肌荒れしやすい性質なので、早く寝たいのは当然のはず……なのに。

――最近一番ときめいた、かわいい服を着ていく予定だけれど、推しのイメージカラーの服にしたほうがいいだろうか。
朝起きて準備することはなんだっけ。
ペンライトの電池、念のため予備を持っていこうか。

なんて、とにかく脳内が大忙しで寝られやしない。ある程度予定を決めて、準備も整えて布団に入ったはずなのに。脳内会議は電車の時間や買う予定のグッズのことなど、次から次へとテーマを運んできては、私の目を冴えさせる。

少しでも気を逸らそうと寝返りを右に左に打ち、頭の近くで充電ランプを光らせるスマホに手を伸ばした。真っ暗な部屋に煌々と今の時刻が浮かび上がる。
布団に入ってからゆうに1時間は経っていて、日付は変わってすでにイベント当日だ。

早く寝なきゃと思ってはいる。なのに、私の目は光るスマホの画面から離れない。
気を逸らす作戦は大失敗だ。なんたって、スマホの待ち受け画面も推しなのだから。
いつも私にパワーをくれる推しのニコニコ笑顔を見てしまうと、もうあと何時間か後にはこの笑顔に会っているのだと、余計にワクワクが募ってしまうのだから手がつけられない。観念したように息を吐いた。

ワクワクして遠足の前日眠れなかった私。今もあの頃のまま

ここ最近やってきていた眠れない夜、私はいつも暗い未来を考えないように、手足を縮こめて体に力を入れていた。少しでも早く意識を手放したくて、目を固く瞑って、眠りと共に夜が途切れるのを願った。
でも、今夜は違う。スマホを枕元に戻し、ぐぐっと布団の中で大きく伸びをして、いっそこのまま寝なくてもいいかもしれないなんて思う。推しに会える時間に地続きの夜なら、眠れないまま一緒に朝を迎えるのもアリじゃないだろうか。

それから思い出したことがひとつ。
そういえば私は、遠足の前日はワクワクして眠れない子どもだった。
まさかあの頃のまま、胸の高鳴りを抑えられずに眠れない夜があるなんて。成長したのか、してないのか、自分に苦笑いだ。
でもこの楽しみのおかげで、私はたしかに明日に希望を持てる。
それに、こんなに胸踊るほどの「好き」に出会えた私はきっと幸福なんだろう。

いつの間にか脳内会議は静かになっていて、眠らなくてもいいかなんて思ったはずなのに瞼が重たくなってきた。あくびをひとつして、私は楽しみな気持ちを大事に抱えて意識を手放すことにした。

27歳になって、眠れない夜はいくつもあった。これからもきっと、素知らぬ顔をしてやってくるだろう。
けれど、その夜のいくつかは今夜のように、ただただあの頃と同じく純粋に「好き」や「楽しみ」に心弾ませる夜であってほしいと思う。