1万7千円。HPVワクチン接種のキャッチアップ制度の対象外である私が、ワクチン代を自費で支払った金額だ。
子宮頸がんの予防効果が期待できるとされる、HPVワクチン。HPVワクチンは、同じ種類を3回接種することが推奨されている。
私は中学生の時に、2回目までの接種を終了していた。しかし、3回目の接種に向けて時間をおいている間に、HPVワクチンの副反応とされる症状がニュースで盛んに取り上げられるようになった。
幼い私にとって、同年代の女性たちが重い症状に苦しむ姿は衝撃的で、とても他人事とは思えなかった。母と話し合い、3回目の接種を控える、という結論を出した。
その後、国としての、HPVワクチン接種を勧める取り組みは控えられた、と記憶している。私はそのニュースをみて、3回目の接種を控えたという自分の判断に、お墨付きをもらった気さえした。リスクは避けられた、と思ったのだ。その後、ワクチンのことはすっかり忘れていた。
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次にHPVワクチンのことを思い出したのは、10年ほど後のこと。仕事で子宮頸がん検診に携わり始めたことがきっかけだった。
医療機関で精密検査を、と書かれた検査結果を郵送するたび、「次にこの通知を受け取るのは私かもしれない」と胸がざわついた。家のポストに入った封筒を開封し、検査結果をみてへたりこむ自分の姿は、想像に難くなかった。
忘れていたくせに、何度も3回目のワクチン接種が頭をよぎった。いくらかお金を払い、接種することで、少しでもがんのリスクを減らせるなら……いやいや、副反応のリスクが……それに、2回目の接種から時間が経って20代になっているし、もう手遅れだと思っていた。
そのような折、職場のテレビからHPVワクチンに関するニュースが流れてきた。そのニュースは、10年ほど前、ワクチンの積極的な推奨を控えると報道されたときと同じく、アナウンサーが淡々と読み上げていた。
HPVワクチンの接種を逃した女性たちに、再び公費負担で接種の機会が設けられたのだ。対象となるのは、1997年4月2日生まれから、2006年4月1日生まれの女性たち。1996年生まれの私は対象ではなかった。
ショックだった。かつての「3回目のワクチン接種を控える」という判断が、10年越しに誤りであったと突きつけられたような気がした。ややもすると「10年前はあんなに危険だと報道していたじゃないか!」とテレビに向かって悪態をついてしまいそうだった。
国の制度としてワクチン接種を行うからには、何らかの線引きが必要だと理解はしている。若い間に接種した方が、効果が高いと聞いたこともある。自分で接種をしないと判断したんでしょ、と言われればそれまでなのだが、初めて制度の狭間に落ちた気がして、しばらく受け止めきれなかった。
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私はかかりつけの産婦人科医から、25歳の今接種してもいくらかメリットはある、という話を聞いて、10年越しとなる3回目のワクチン接種を決めた。自費にはなるけど、しょうがない。
病院で予約を取り、母に母子手帳を郵送してもらった。接種当日に必要なものの1つだったのだ。電話をかけると、母はいつになく真剣な声で、
「ごめんね」
と言った。母の耳にも、HPVワクチン接種が再び推奨されるニュースは届いていた。母は、かつて私と下した接種を控えるという決断が、結果として私を子宮頸がんのリスクにさらしてしまったと思ったようだった。
そんなことないよ、私たちはその時その時で、一生懸命に正解を選んでいたつもりだったよ。私は母にうまく伝えられなかった。
接種当日、産婦人科医は私の茶色く焼けた母子手帳を開いて、
「こんなにあなたの記録が細かく残ってる。すごいね」
とつぶやいた。その言葉に、胸が詰まった。
私たちは、自分と、自分の大切な人を守ろうと、必死に最善策を探している。ニュースであったり、インターネットであったり、有益な情報を得ようと足掻いている。本当は誰も知らないかもしれないのに、答えがどこかにあるはずだと血眼になって探している。
そうして最善策だと思ってとった行動が、何年も後に裏目に出ることもある。だから、私はこの3回目の接種は、今できる最善策をとったつもりだ。
今の自分の選択が、将来の自分に少しでもプラスになって欲しい。
そう思いながら、注射のあとがじんじんと痛む左腕をさすった。