生まれてからこの28年間、私は誰に出会い、誰と過ごし、どの様に過ごしてきただろうか。過ぎていく時間の中で、どの様な感情を抱いてきたのだろうか。

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私は、全部の感情を覚え切れていないだろう。
嬉しかったこと、悲しかったこと、怒りを覚えたこと、誰かを好きだったことさえ。
「あ……あの人のこと好きだったな」
あの人のことが好きだったという事実を覚えていても、好きだった時のままの想いは覚えていないだろう。
何故ならば、好きな人がずっと好きな人ではないからだ。「好きな人が死ぬまでずっと好きな人であればいいのに」ということを、恋する度に思う。
しかし、それは叶わない思いで、恋は終わってしまい、また違う人を好きになる。
私は、“あの人”を好きだったという“好き”の気持ちを忘れたくない。

今までの恋を振り返ると、風のように一瞬で過ぎ去ったものもあれば、樹木がそびえ立つのではないかと疑うほど想いが深く育っていったものもある。
ただ、どれも終わった恋で、その時の“好き”という気持ちは、今はもう思い出せない。
思い出したくても、難しい。
過去のこととして、私の中で勝手に処理されてしまう。処理された後、“好き”な気持ちは跡形もなく消え去ってしまう。廃棄されてしまうのだ。
それは、新しい恋を迎える為には必要なことである。しかしながら、少々切ない。
廃棄したものは、私の元へ戻って来ない。どんなに願っても無理な話である。跡形もなく消え去ってしまう。

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先日、好きになったことがある人とお別れをした。その人との恋を終えてからは、大分時間が経っている。
「もう、ここへは来ないんだ」
私は、その人に伝えた。何も感じなかった。
「そうなんだ」
その人はそう言った。
きっと、好きだった時にそれを伝えたら、様々な想いがあふれて伝えていたかもしれない。「こういうことが嬉しかった」「また会いたい」などなど。
しかし、私にその様な想いはなかった。
気がついた時には手遅れ。終わらせても心残りがない関係になってしまったのだ。
会う最後の日でも、私たちは特に深い話はしなかった。話をする必要がなかった。
私がそこに行けば会えるという、ただそれだけの関係を終わらせた。“好き”という感情はとっくにないが。
恐らく今後、その人と連絡することもなければ、会うこともないだろう。その人も絶対連絡して来ないし、「会いたい」と言ってこない。そういうタイプだし、そういう関係だ。
連絡先を持っていても、スマホのデータとして残るだけで、それ以上でも以下でもない。

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私は、その人のことが好きだったはずなのに、その気持ちが思い出せないことに悲しみを覚えた。それは言葉では上手く表せない。しかし、儚いもの。
学生時代も好きな人がいた。しかし、その“好き”が今は全く思い出せない。
名前、顔、声、仕草、私の扱い方、一緒に過ごした時間、あらゆるピース1つ1つをある程度思い出すことができても、“好き”だったという気持ち自体は思い出せない。
「そういえば、好きだったな」程度だ。
時には、顔や声すら思い出せない人もいる。

恐らく、10代の私であれば、この切なく儚い気持ちを言葉にして綴ることはなかっただろう。今だからこそ感じた、私にとっての忘れたくない気持ちなのだろう。
きっと今の私は、そう感じずにはいられない人に出会えたのだと思う。だから、より考えてしまったのだろう。
“好き”が廃棄され、跡形もなくなってしまうことを感じて涙を流したくはない。