私の高校生活を楽しくしてくれたあの人のことを、忘れたくない。
恋ではない、だけど淡くて楽しかった時間を、忘れたくない。
その彼は、今は、新幹線でも4時間はかかる、遠く離れた場所で生活しているから、もう頻繁に会うことはない。

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男子高校生と女子高校生の2人組。
2人で学校帰りにゲームセンターに行ったり、ラウンドワンで一日中遊んだり、学校の最上階の廊下で、床に座ってひたすらトランプゲームしたり、休みの日には水族館や映画に行ったり、卒業式の日は2人で登校した。
スマホには、はしゃいだ顔の2人の写真ばかりが保存されている。
でも、私たちは付き合わなかった。
「ただの仲良い友達」

大学付属の高校に通っていたけれど、私は外部大学に進学した。
別々の大学に進学し、大学時代は会っても数回程度。
社会人になって、4年ぶりに会った。
彼は、私と同じ東京生まれ東京育ちなのに、転勤の多い大企業に入ったから、中国四国地方に配属。
「ゴールデンウィークで東京に戻るから会おうよ」
そう誘われて、「ほ~い、いいよ」と答えた。

社会人になって、学生の頃と比べると、少しだけお金に余裕ができ、高校生は足を踏み入れられないような、おしゃれなカフェで待ち合わせをした。

制服姿か、ジーンズにポロシャツ姿しか見たことがなかったから、ブラウンのおしゃれ休日用スーツに身を包んだ彼を見て、思わず「かっこいい」とびっくりした自分がいた。
「ああ、付き合わなくて正解だった」
そう思った。

私たちは、お互いのことは嫌いではなかった。
居心地が良い関係だったからこそ、壊したくなかった。
そう、好きだった、恋愛感情ではなく人間として。
恋愛感情だったのかもしれないけれど、お互い認めなかった。
だから、良い友達でいた。美しい思い出として残したことは正解だった。

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私が通っていた高校は、大学の付属校で、幼稚園から大学まである。
私は高校から入学してきて、高校1年生の頃に、彼と同じクラスになった。
彼は中学から入学してきた内部生。
彼の親友は、私の隣の席に座っていた。
彼は休み時間になると、親友くんの席によく遊びに来た。
次第に、私にも話しかけるようになり、私の目の前の席に座って、2人で話すようになった。
16歳。男女が一緒にいればすぐにウワサになる年ごろだ。

「ねぇ、あの二人、付き合ってるの?」

外部生の女の子が、内部生の男の子と付き合う。
学園ドラマのよくある設定。
そこまでは良かった。
状況が複雑になったのは、私がある女の子に嫌われ始めてからだ。
内部生の女子グループのリーダー的存在の女の子に、私が目の敵にされた。
彼女の恋の相手であった彼は、今では外部組の女の子とつるんでいるから。
彼女の恋は片想いで終わってしまったから。
彼女は、中学3年間想い続けて、高校入学前に告白したのに、彼に振られてしまったらしい。

だから、私は彼とは付き合えなかった。
付き合ってしまったら、私はもっと恨まれるだろうから。
悪い女の子にはなれなかったし、なりたくなかった。
「付き合ってないよ」
そう言い続けた。
でも、手はつないだ。キスはしなかった。それ以上は。

この状況を面白がった内部生の男子グループには、3年間ずっとからかわれた。
バスケ部に入っていた彼が、文化祭や体育祭で目立つたびに、私の名前が叫ばれたり、生徒会をやっていた私がステージに立つと、彼の名前が叫ばれたりした。
彼はいつも申し訳なさそうにしながら、からかわれても明るい顔をしていた。

高校時代、私は、同級生ではなく先輩と付き合って、彼氏を作ったけれど、彼は彼女を作らなかった。
大学生の間も彼女を作ることはなかったらしいと、風のうわさで聞いた。
なぜなのかは分からない。
なぜなのか聞く勇気もない。

頭の片隅で、「恋愛として、私のことが高校生の頃から好きだったのかな」と思ったこともあった。
でも、4年ぶりに再会した時も、彼は健気に、「付き合ってる人はいるの?」と聞き、「うん、いるよ」と答える私に対して、「俺たちどっちが先に結婚するかな。結婚式には呼んでね」と私の恋を応援してくれる。

私たちは結ばれることはない。
だから忘れたくない。
あの甘酸っぱくて儚い男女の友情を。