傷痕がある腕を「汚い」と泣いた彼女。無力感が私の原点になった

忘れられない景色がある。
この先なにがあっても、絶対に忘れたくない景気がある。
今のわたしの原点であり、わたしが今日まで生きてこられた理由でもある、あの日の出来事。
わたしは絶対に、忘れたりしない。
寒い冬の日の、帰り道だった。
もう日も暮れて、辺りは随分と暗くなっていた。
いつものように、家の近くの座れる場所に並んで腰かけ、なんでもない話をしていた。
わたし達は14歳、中学2年生だった。
彼女が言った。
涙を流しながら、小さな声で言った。
「こんな汚い腕に触れてくれてありがとう」
彼女の手首には、リストカットの傷跡があった。
それは小さく、もう乾いた瘡蓋になっていたけれど、彼女の心を蝕み続けていた。
いつもそばにいて、傷の存在にも気づいていた。
だけど知らなかった。
彼女が、自分のことを汚いと思っているなんて。
どんな話をして、どうしてそうなったのかも、覚えていない。
それくらい、いつもと変わらない帰り道だった。
わたしがふと、彼女の傷跡に触れた時だった。
彼女の顔色が変わって、目に涙がいっぱいになった。
わたしは今も、あの日の無力を噛み締めて生きている。
当時14歳のわたしに、出来ることなんてなかった。
実際、あの日の自分が彼女になんと言葉をかけたのかも、もう覚えていない。
ただ、なにか出来ることはないか、必死で探した。
「リストカット 傷跡 治す」
そんな言葉を出鱈目に入力して、わたしは深くて広いネットの海を彷徨った。
そして偶然出会ったのがメディカルメイクや美容福祉という言葉たちだった。
わたしの人生が、はじまる匂いがした。
そこからの道のりは、とてつもなく長くて凸凹で曲がりくねっていた。
まず第一に、どうすれば、どこに行けば、だれに聞けば、美容を活用して傷跡を隠せるようになれるのか。
そんなことすら、当時のわたしは知らなかった。
民間の資格を調べ尽くし、お金を貯めて、ようやく実践的な学びを開始した頃には、わたしは大学生になっていた。
14歳から少し大人になって、傷跡を隠す仕事だけでは生きていけないと悟った。
それはとても残念なことだったけど、わたしのやりたいことが仕事として成り立つ社会になればいいなと思った。
彼女のように、傷跡をはじめとした外見に悩まされ続ける人たちが少しでも心穏やかに暮らせる社会に。
わたしは今年、28歳になる。
生まれてからあの日までと、あの日から今日まで。
同じ14年が経ってしまった。
28歳になるわたしは、いろんな人にメイクをしてきた。
傷や痣がある人に限らず、高齢者、障害者、患者、故人と呼ばれる人たち。
いろんな人に出逢って、いろんなメイクをした。
みんなみんな、自分の外見に悩み悩まされていた。
ほんの少し、強くなれたかなと思う。
涙を流す彼女を前に、なにも出来なかったあの頃のわたしから。
だけど、まだまだこれからだなとも思う。
わたしは相変わらず、無力だ。
今日もあの日の景色を胸に、わたしはわたしと戦い続ける。
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