リストカットしていた過去。
妹がリスカするまで追い込まれていることを知ったのは、母からの電話でだった。姉の私では、気付けなかったことが未だに悔しい。
当時わたしは実家を離れていたけど、たしかに妹の悲痛な叫びを受け取っていたはずだった。

自分自身に余裕がなく、妹の不安を見逃してしまった

あんたには心配かけると思って言ってなかったことがある。あの子、リストカットしてるのよ。って電話だった。母も泣きたくても泣けない、その現実をゆっくり冷静に伝えてくれた。

耳を疑った。大学の友達は過去にやっていたけど今はやっていないと聞いたことがあった。
でも、まさか身内で、まさか妹が?と一気に頭の中に広がった恐怖と驚きで私は過呼吸を起こしそうだった。

私は当時、仕事のことで頭の中が溢れかえっていて、心の余裕なんて言葉も生まれないほど擦り減っていた。だからこそ気付けなかった、あのときの声も心も言葉もホンモノだったのだと後になってから気付いた。

リスカをしていると聞いた2ヶ月前、珍しく一緒にお風呂に入ったときだった。
始めたばかりの仕事を辞めたいことを吐露されていた。
社会人経験の先輩でもあった私は偉そうに力説し、妹の置かれている状況や気持ちを考えず、妹を傷付けてしまったのかもしれない。

私の言った一言でリスカに走ったわけではないのかもしれないけれど、辞められない状況に命の危険を感じていたはず。どうしようと、もがいていた妹には決して響かない一言を浴びせてしまったのではないか、と今なら気付けてしまう。

当時、妹は高卒で就職したばかり。しかも卒業式後から研修が始まっていて、その頃から残業も当たり前だった。ゴールデンウィークには独り立ちさせるという、今思えば就職したての高卒社会人にはいや妹には酷なハードスケジュールだった。

もし私が同じ状況で同じ立場なら、どうなっていただろう。はじめての会社、はじめての社会人生活で不安でたまらなかったはず。それを私は自分自身に余裕がないからと見逃してしまった。

生きていてくれてよかった。あのとき失わなくて良かった

妹は今22歳、元気に隣に居てくれている。
作家志望で、いろんなテーマや小説大賞にも挑戦して毎日少しずつ、少しずつ丁寧に物語を創り続けている。読んだことはないけれど、今やりたいことを一生懸命に出来ていることに私はひと安心する。

3ヶ月前、エッセイを綴ることへの後押しをしてくれたのも、他でもない妹だった。
類まれない才能を間近で追いかけられることに幸せを感じる。
それは姉だから家族だからというのもあるのかもしれない。ひとつの物事でも少しでも多くの可能性を見い出して、その味わいを楽しみながら向き合っている姿に驚かされる。

妹は、いつのまにか、相手の気持ちに寄り添ってくれる。暖かく柔らかな一言をどこから生み出したのか、丁寧に伝えてくれる。
とても繊細で、ごくたまにどうしたら良いか悩まされる時もあるし、怒ってしまうこともある。
でも、だからこそ相手の気持ちや表情の変化を感じ取るチカラに長けていると思う。それは、きっと消せない過去があるからで好きで身につけたチカラではないとは思う。

でも、そんな妹だからこそ救われる人が大勢いる事を私は知っている。妹の描く物語で、いつかきっと多くの人を救ってあげられる未来は遠くないのかもしれない。

今でも手首に傷跡が残っていて、決して誰も触れることが出来ない部分なのに、時々ごく自然に見せてくれる。今ではお酒を飲んで酔っ払ったとき、その傷跡がうっすらピンク色になってくると教えてくれる。
それを茶目っ気たっぷりに伝えてくれる妹は強いと思う。そんな妹が強くて人としても尊敬している。生きていてくれてよかった。あのとき失わなくて良かった。そして、ごめんなさい。

あのとき、あなたを守ってあげられなくて、ごめんね

「あの子が毎日、元気に隣に居てくれることが何よりの救いだよ」

この言葉は母がよく言ってくれる言葉で、私はいつも救われる。

わたしが妹の叫びに気付けなかったことで、不安から衝動的にリストカットに走ってしまったかもしれない。その事実は消えない。どこにもぶつけられない想いを身体に自分で傷つけることで自分の生きたい気持ちを確認する手段をさせてしまった。

その過去を妹だけのものにせず私たち家族が一緒に抱えて生きる。時には茶目っ気たっぷりに過去を笑い、過去の自分を救いあげることで少しでも笑顔で過ごせる時間を取り戻せるように務めている。

くしゃっとした笑顔で周りを和ませてくれる妹。当時では珍しかった、一緒にお風呂に入る時間が今なら日常である。いつのまにかお風呂では色んなことを吐き出すための時間となって、いろんな話しをして長風呂して母に怒られる。
そんな何気ない日常を一緒に過ごし、そして、ちゃんと目に映っているから安堵する。

妹が苦しんでいた、リスカをしていたあのとき、あなたを守ってあげられなくて、ごめんね。
今なら伝えたい、謝りたい。そう思うのに、なかなか口に出して伝えられない。それほどまでに自分自身が弱すぎて不器用すぎて嫌になる。
その場で一瞬でも良いから気持ちが軽くなる一言を。少しでも心が楽になれる一言を発せられたらと今でも思ってしまう。そしたら、あのとき少しでも救ってあげられたのかなと悔やんでいる。
今でもそんな特効薬のような一言を探している。でも、そんな一言を掛けてあげられない自分は、やっぱり無力だ。ごめんね。
でも、いざと言うときにちゃんと伝えられるように、自分自身にも余裕がないと無理だなと肝に銘じている。