もう何十回言われたか、覚えていない。
「お前のよさは、明るくて、人より1.5倍の熱量があって、親しみやすいところだ」

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わたしは新しい事に挑戦したくて、営業職に転職した。
そこで求められるわたしはいつも、「ポジティブで明るい」人だ。
だから、ネガティブも不安も蓋をして、押し殺して、いらないよって否定して、半年かけて積もり積もった瓶の中身が限界を迎えようとしていたことすら気づかぬふりをしていた。
正直、悲しくないのに涙が出たりし始めたくらいから、おかしいなとは思ってた。

気づいたら仕事終わり、親友のちかをファミレスに呼び出していた。
他愛のない話は束の間、目の前の冷麺を混ぜながら言った。
「あのさ、わたし、今さ、ちかと話すのが怖いんだ」
ちかは一瞬驚いた顔をして、あほな声で「え?なんで」と返した。
「いや、なんか、気を抜いたらネガティブとか愚痴とか言っちゃいそうで」
「何言ってんの、柚希は昔からネガティブじゃん」
「え?」
「昔に比べて明るくはなったけどさ。柚希の笑顔って、相手を気遣ってっていうか、無理してるっていうか、張り付いてる感じ。他の人がどう見えてるかはわからんけど」
ちかは目の前の唐揚げを楽しげにつついてた。

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あー……。やっぱすごいな、なんでいつも、こうもさらっと見抜かれてしまうんだろう。
ちかはいつだってそうだ。空気を読んだり、人の気持ちを読み取る力がとてもある。
わたしは冷麺にのってるトマトを見つめながら言う。
「仕事でさ、暗いとことかネガティブなこと友達にも彼氏にも同僚にもいわないって教えられて。聞いた人が不快になるから、って……」
ちかが箸を止めて静かにこっちを見る。
「……ずっと我慢してたの?」
「……うん」
「それは宗教だよ!」
ちかの不意打ちの言葉に、わたしは吹き出しそうになった。
空気が一気に軽くなって、ちかと目が合い大笑いしてしまう。

「たしかにっ(笑)」
「てか、ポジティブばっかりの人は逆に話しづらいかも。なんか壁を感じてしまうよ。だから愚痴ってくれる人のが私はいいけどね」
それからちかは、わたしの仕事から恋愛まで、色んな不安を全部聞いてくれて、「柚希の人生って、ほんと波がすごいよね」と笑い飛ばしてくれた。
ちかは強くてかっこいい。
わたしのネガティブにのまれないし、全部を笑いに変えてしまうんだから。

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デザートは、一つのコーヒーゼリーパフェを二人でつついた。
「ちか、ありがとね」
「……何でも聞くよ。会えないときはLINEでもいいし、長文でも時間見つけて返すしさ」

わたしはいつもバカ真面目だ。
「愚痴は相手を不快にさせるもの」って言われたら、誰にも吐けなくなってしまうほどの。
そして本音を探り当ててくれるのはいつだって親友たちだ。
わたしよりわたしのことをわかっている。
もっと自分に素直でいていい。楽しいときに笑えばいい。辛いときは辛くていい。無理して笑わなくたっていい。そうしてると、自分が見えなくなってしまうから。
小さい頃は「あれ欲しい!!」と、素直に言えてたのに、いつからか「あれ欲しいけど、弟に買ってあげたからお母さんお金大変だろうな。わたしはいらない。別に欲しくない」って自分の心に嘘をつくようになってしまった。
他人のだめな所は受け入れられるのに、なぜか、自分のだめな部分を「それでもいいんだよ」って受け入れることが、認めることが、自分じゃなくなるみたいで、怖くてできなかった。
でも、出さなくても、その気持ちを認めてあげることはできるんじゃないか。
親友たちが、してくれたように。

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次の日の通勤、電車の中。
ちかからの「仕事がんばるんだぞー!」のLINEに、優しさを感じて、涙が止まらなくなった。
大人になると、「勉強はしないといけない」「迷惑をかけてはいけない」と色んな制限がされる。けど、わたしはロボットでもいい子でもないから。
勉強するけどたまにはサボっていいし、生きてたら迷惑だってかけるし、もっと好きに生きればいいんだ。それを、忘れたくない。真面目なわたしはすぐ忘れるけど、それだって別にだめなことでもない。全部受け入れて、少しずつできるようになっていけばいい。
気づけば瓶の中身が少し軽くなったような、そんな気がした。