忘れたくない、忘れられない、そんな思い出がいくつもあるけれど。

社会人初め、研修の半年間。
飛ばされたのは、沖縄県八重山諸島に位置する、西表島だった。
今でも時々夢に出てくるくらい、色濃かった数ヶ月だから、よく覚えてる。

◎          ◎

6月の東京は肌寒かったから、飛行機で石垣島に到着し、地に足を付けた瞬間の、あのむわっとした身体を包む熱気感。
沖縄独特の空気感を全身に受け、心が浮足立った。
空港は思ったより大きく感じた。

石垣島を経由して、フェリーで約50分。
遠目からでも分かる大きな緑のかたまり。
船に乗ってる時は海の綺麗さに夢中で気づかなかったけど。降り立って、旅行目的で来た人が多いんだなって。
あ、私はここへ仕事をしにきたんだなって。
ああ、あの愛しい東京から、こんなに離れたんだって。
感傷に浸って少し泣いたんだ。

仕事は少ししんどいけれど、楽しかった。
朝4:00出勤。
眠い目を擦りながら深夜に起床し、おんぼろな寮からライトを全開で自転車を漕ぐ。
眠る島の中、街頭も無いに等しい真っ暗な道を、ほんの少し怖い気持ちを堪えて、最初の数日間は出勤してた。

その内慣れて、警察の見回りが無いのをいいことに音楽を聴きながら、おはようも言わない星だらけの夜空を見ながら出勤した。
私はこれを、星空出勤、て呼んでいた。
たぶん、私だけ。
虫の声が穏やかな合唱を奏でて、朝を待つ木々達の瑞々しい空気があまりにも素敵だった。
自然の中で生きるもの全ての声が聞こえてきそうで。
愛読書である「きいろいゾウ」のツマの気持ちになれそうだった。

◎          ◎

同期とはよく遊んだ。
仕事の事やプライベートの事、記憶にもないようなたわいもない話を、毎日のように部屋に集まってはしていた。
すっぴんで、半袖短パンで、お菓子つまんで、けらけら笑いあったことが、どんなに楽しかったか。
仕事終わりは小さなコンビニでもスーパーでもない商店に寄って、暑いねーなんてアイス買ってたべた。

そうだ、あの商店にたまに輸入(笑)される石垣島からのパンがとてもおいしかった。
牛乳300円なんて正気だろうか、なんて思いつつ、食材の高さには直ぐ順応した。
あのいつもいた店員のおじさん、元気かな。

寮から歩くとまあまあするお洒落な居酒屋で、お気に入りのメニューを見つけた。
同期達と、喋りたいだけ喋って、黙りたければ黙る。
あなた達の愉快で自由なところが、とても好きで。
ほろ酔いの心地よさで、蚊にさされるの嫌だねーなんて言いながら、帰りは送迎も使わずひたすら話して寮まで向かったこともある。
普通にお散歩しててとんでもない大きさのヤシガニに出逢えるのなんて、沖縄くらいだったんじゃないかな。

島の反対側へ向かう由布島の、あの海と空のコントラスト。天国かと思って、美しさに感動した。
東日本大震災後、遠い遠い宮城県から、9年かけて西表島まで流れ着いたという、気仙沼市の名が刻まれた杭があった。
果てしなく、たくさんのことを思い、泣いた。
ねえ、君はあの日、いろんなものを目にし、今ここに辿り着いているんだ。

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駆け回りながら汗だくになりながら働いて。
同期や先輩とたわいもない掛け合いをして笑って。
台風が接近した時は水浸しになった床を皆で呆れながら処理した。
長年いる人たちは、こんなの全然だよーなんて笑ってるから、慣れって怖いと思ったんだ。

そういえば。後々、島での赴任が終わった数ヶ月後に付き合った同期の彼に、初めて心惹かれたのはあの時だったような。
みんながもうやだと顔に書いてある中で。
高い背。がたいのよさが目立って、黙々と水掻き棒を動かして働くその姿が、なんだかとてもかっこよかった。

今思えば、好きになる要素が多くある素敵なひとだったな。
会社を辞めて、今は海外にいるらしい。
ねえ、元気?

同期と帰らない日は、時々1人で海を見に行った。
どこまでも広く、線の向こうに沈みかけた夕日があんまり綺麗で。
さらさらと、そして柔らかい砂を踏み締めて、とにかく透き通った青をずっと見つめていられた。
他に誰もいなくて、見えもしないから。世界に1人ぼっちかもしれない、なんて馬鹿なことを考えるのに、数分自転車を漕げば、大好きな同期達のいる寮に帰れるから不思議だった。

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寂しかった。最初は。
いつも近くにいた筈の家族、大親友や友達、愛する故郷を離れて。慣れ親しんだ東京にもさよならして。
同じ日本なのに、そうじゃないくらい遠くに感じていた。
だから、仕事で来てると分かってるのに、あんまり寂しくて切なくて、早く帰りたいなんて思ってたのに。

島が素敵で、周りの人達が素敵で。
気付いたら大好きになっていた。

もう戻れないとわかっているけれど。
あの数ヶ月は、今でもとてもとても大切な日々で、社会人となり数年経つけれど、挫けそうな時は思い出す。
もし無限のシャッターがあの時あったなら、押しすぎてカメラは壊れていたと思う。
人も、島も、海も。
全てが美しかった。こんな私を包んでくれて、強くしてくれて、守ってくれた。

島の神様がいるのなら、感謝を。
あの時、私のことを迎えてくれてありがとう。
何年経っても、愛しいと思える思い出を。
縁があって、あの場所で出逢わせてくれた人達。
今でも連絡をとったり、遊んだりしてるの、すごいよね。

住んだのは経った半年間くらいだけど。
紛れもなく、私の故郷。
忘れられるはずが、ない。
ずっと。