わたしの上司は大層出来が悪い。ポンコツである。
「やる」と言ったことをやらない。
やらないことに、なにかと理由をつけて言い訳。
やらなかったことに、あれのせいこれのせいと責任転嫁。
そのくせ、自分が部下のことを一番知っている、という態度。
自分がみんなのことをすごく面倒見ている、というアピール。
自分が一番偉い、という旨の言動。

◎          ◎

だが、問題はこれだけではなかった。
このポンコツ上司の上司もやばかった。
言うなれば、“ママ”である。
上司の問題行動を報告しても、全て擁護してくる上に、わたしのことを業務態度が悪いと言ってくる始末。
まるで、口うるさい姑の相手をしているようである。
否、わたしは結婚というものを経験していないので、姑がどのようなものなのか分からないし、嫁姑問題も想像するしかない。
だが、ふと思ったのである。
“お義母さん”はちょっと分からないけれど、“おじいちゃん”“おばあちゃん”なら分かるぞ。

わたしの祖父母は、世間体大事マンであった。
祖父母曰く、彼らの長女、つまり母の姉は成績優秀容姿端麗であった。対して、祖父母の次女、すなわち母は落ちこぼれだった。
長女の旦那は医者。仲睦まじい夫婦で、その旦那も祖父母のことをとても慕っていた。
対して、次女の旦那は浮気症、次に付き合っていた男は何をしているのかよく分からない、どこの馬の骨とも知れない男。
それはひどい差別だったようである。

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ただ、孫に関してはまた事情が違っていた。
とはいえ、差別的であったことには違いなかった。
一人目の孫は次女の娘こと、わたしである。
二人目の孫は次女の息子である、わたしの弟だ。
この二人もまた対照的であった。

祖母の言い分としてはこうである。
一人目は公立大学へ入学、奨学金も上手く使って(言わずもがな、ただの借金である)、本人が目指していた職業に就いて努力を続けている。
対して二人目は成績が振るわず、どの高校にも合格する頭がなかった。なんとか入学したはいいが、今度は大学どころか短期大学という「ニセモノの大学」に入学。かと思ったら中退して海外を渡り歩いている(実際にはきちんと就職をして、海外で働いていた)。

そして三人目の孫は長女夫婦の娘であった(わたしたち姉弟の従姉妹にあたる)。
これが、二人目よりもひどかった。
反抗期がものすごくて、誰も手に負えなかった。勉強(祖父母と長女夫婦にとって最も重要だった)もせず、趣味にばかり熱中していた。
高校受験も失敗しかけており、事あるごとに二人目の孫のことを引き合いにして「二人目の孫みたいになるよ〜」と追い討ちをかけては笑っていた。
わたしにだけお金や生活用品、食料なんかを送ってくるのに、弟にはなにも送ってくれない、なんてエコ贔屓もザラだった。

◎          ◎

わたしには言いたいことが山ほどある。
まず、母は美しい人である。
男運は残念ながら絶望的にない人だと思う。だが、それ以外はピカイチだった。
料理やお菓子作りがとても上手で、お弁当やお誕生日はいつも豪華だった。
服や鞄なんかも作れて、それも可愛かった。
母がデザインしたものはどれもおしゃれだった。
持ち物から服まで、わたしにとってはとても魅力的だった。
実父と別れてからも、それまで専業主婦だったところから、わたしたち姉弟を育てるためになんとか就職し、わずかな給料で2人が独り立ちするまで頑張ってくれた。

母は叔母と比較され、卑下されていい人間じゃない。
また、弟だって、勉強こそできなかったけれど、わたしなんかよりずっと優しくてマメで、社交的である。大変かわいい。
やりたいことが見つからないから、将来の安定を得ることができる、高等教育機関に進学したというだけである。
そこでも勉強は彼なりに頑張っていたし、ただその途中でやりたいことを見つけて、そのために中退して海外渡航したのである。
最高の行動力だ。

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全部、わたしと比較する事じゃないんだよ。
従姉妹と比較することでもないんだよ。
お父様の跡を継いで医者になることが偉いことじゃないんだよ。
勉強ってそんなに重要なことじゃないんだよ。

彼女には彼女の思いがあるだろう。彼女のやりたいことが、目指したいことが、あるだろう。
尊重することが、応援することが、なによりも愛だということを知らないのだろう。
祖父母のしていることは、エゴでしかないことを知らないのだろう。

もっと言いたいことはある。
あるけれど、わたしはその1割も言ってやったことがない。
なによりも一番の理由は、保身のためである。
それから、もう何も期待していないからである。
母を傷つけたことも、弟を貶したことも、わたしは一生許さないと思う。一生忘れないと思う。
でも、言いたいことを言うということは、必ずしもわたしの世界を救わない。
たとえ、言葉にしてぶつけたところで、彼らは変わらないだろう。
わたしを敵だと認定して際限なく攻撃してくるだろう。

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それは、ポンコツ上司にしても、そのママ上司にしても同じことではないだろうか。
わたしが言いたいことを言ったところで、わたしの立場が危ぶまれるだけだ。
ポンコツ上司が本当にポンコツなのは、わたしだけでなく職場の人の大半が知っている。
わたしがこの感情に任せてなんでも言ってしまうことで、事態はきっと好転しない。
別の上司たちが水面下で動いてくださっていることも知っている。
今は、何食わぬ顔で、淡々と、それでいて強かに、わたしはわたしのすべきことをするしかない。

わたしが何も言わないのは、あんたたちにもうなんにも期待していないから。
あんたたちから学ぶことなんか何一つないから。
あんたたちがわたしの世界にどれほどの価値もないから。
それだけ、彼らに対する信用も信頼も、どこにも残っていないということ。
もう、わたしが彼らに何かを望むことも求めることも、それを伝えることも、金輪際ないだろう。