日曜の昼下がり、窓の外を眺めながらぼーっとする。こんな時、無性にお茶をしたくなる。
そうだ。今日は、ロイヤルミルクティーにしよう。
私は、マグカップに水と牛乳、紅茶を入れて、いそいそとレンジにかける。
「絶対においしいんだから、早く出ておいで」
つい、レンジに近づく。中でぐるぐる回るマグカップに、話しかけそうになる。
ドキドキ、ワクワク……。2分間って、長い。
チン、と音がして、レンジが止まる。さあ、できたぞ。熱々のマグカップを持って、そっとラップを外す。ティーバッグを揺らすと、紅茶の爽やかな香りが、部屋中に満ちる。そうそう、これ。私は、この瞬間が大好きだ。
椅子に座って、淹れたてを一口飲んでみる。
まろやかな甘さに、ほっと一息つく。なんて幸せなのだろう。
そんな思いをかみしめていると、ふと、子どもの頃のことが、よみがえってきた。
確かあれは、小学生の頃。偶然飲んだ一杯が、ロイヤルミルクティーとの出会いだった。

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私は、週末に、父と一緒に街の本屋さんに出かけるのが好きだった。これは、と思う本を見つけると、買ってもらえる。ふだんめったに買い物をしない私は、それだけで嬉しかった。
「お茶して行こうか」
ある日、本屋さんの帰りに、父がそう言い出した。隣の喫茶店を指さし、ここで本でも読みながら飲もうと言うのだ。
私は、ドキドキしながらついていった。中に入ると、おしゃれなテーブルと椅子が並び、お客さんが思い思いにくつろいでいた。テキパキと働く店員さん、カチャカチャとカップが触れ合う音。未知との遭遇に、めまいがしそうだった。
「何がいい?」
そう聞かれたが、メニューを見ても、さっぱりわからない。困っていると、父が、
「紅茶がいいかなあ?」
と、見繕ってくれた。そうして出会ったのが、ロイヤルミルクティーだった。

しばらくして、テーブルに運ばれてきたグラスに、私は目を見張った。見たことのない美しさ。柔らかなキャラメルのような色に、一目で虜になった。
ワクワクしながら口に含むと、ほんのり苦みのある甘さが広がった。
わあ、大好き。新しい扉が開いた気がした。

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それから、ロイヤルミルクティーは私の定番になった。本屋さんの帰りにも、ちょっと背伸びしたレストランでも、好きな味がある。それだけで、大人になった気分だった。
おいしいものは、間違いなく、人生を豊かにしてくれる。

出会いから数年経ったある日、私は、家族でレストランに行き、食事をしていた。
デザートは、やっぱり紅茶。いつものようにミルクを入れようとして、ふと思った。
「これ、このままでもおいしいかも」
そして、思いきって、飲んでみた。人生初の、ストレートティー。
苦かった。でも、すっきりした後味。私は、ますます紅茶が好きになった。世の中には、こんなにおいしいものがあるのか。子どもながらに、そう感じた。

思えば、ずいぶんませた子どもだった。大人になった今でも、紅茶は大好きだ。そのわりにコーヒーは苦手だし、お酒に至っては、口をつけただけで酔っ払う。こう書くと、大人だか子どもだか、わからなくなりそうだ。
周りの人にこの話をすると、たいてい、
「コーヒーが飲めないなんて、お子ちゃまか」
と、驚かれる。
しかし、大事なのは、そこではない。おいしいものは、間違いなく、人生を豊かにしてくれる。その実感さえあれば、それでいいのだ。
私は、特に料理が上手なわけではない。知識が豊富なわけでもない。
それでも、おいしいものを、おいしいと感じる。それだけで幸せだ。それは、子どもの頃の思い出があるからかもしれない。

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あの日のロイヤルミルクティー。家族と笑い合って過ごした、何気ない時間。
年を重ねるにつれて、自分のことばかりで忙しく時間が過ぎていく。その間には、両親だって年を重ねている。
「あと何回、こんなに楽しく過ごせるのだろう?」
と、頭をよぎることも少なくない。
そう、あの日の光景は、当たり前ではない。それがわかった今こそ、ちょっとした幸せを、大切にしたい。
おいしいものは、間違いなく、人生を豊かにしてくれる。大切な人との思い出の味なら、なおさら。何があっても、忘れたくない。それは、ままならない日常の、お守りだと思うから。