「ねえねえ、彼氏にすっごく面白いこと言われた」
あれは中学生の頃。部活の仲良し三人組の中の一人、Kちゃんがこんな風に切り出した。
なになに、と前のめりになる私たち。

「私の腕見て、『女子はいいよな、腕に毛生えないんだから』だって!」
ええ~!とその場が驚きと笑いに包まれる。
三人の腕には一本も毛がない。でもそれは、元々毛が生えていないのではなく、毎日カミソリで剃ってお手入れをしているからなのだ、もちろん。

「そういえば、他にも、」とKちゃんは続ける。
「電車の座席で『足広げすぎ』って文句言ったら、『女子と違って男子は閉じるのに力が必要なんだから、しょうがないだろ』って言われた」
もちろん、私たち女子は足を開かないように、常に意識して力を入れているのだ。
なーんも分かってないんだな、男子は女子のこと。それがその会話における私の感想だった。

◎          ◎

Kちゃんの彼氏は、学年を支配する陽キャ軍団のボス。女子の中でもいじられ役だった私は、陽キャ軍団から常にからかいの言葉を掛けられていた。
挨拶代わりの「ブス、ブサイク」、体育の時に短パンになれば「大根脚」、脇汗がひどかったので「ナイアガラ」、涙袋がでかいから「湯婆婆」……。私を表すあだ名は日に日に増え、挨拶の「ブス」も「おい、ブス、整形しろ」と文章になることもあった。

でも、私も負けていない。
そのからかいは愛のあるいじりでプロレスだと思っていたから、「ブス」と言われたら「そっちこそ冗談は顔だけにしろ」、「大根脚」と言われたら「むしろ大根に謝れ」と軽妙に返していた。いじってきた彼らは私がそのように返すことで、周囲に笑いが生まれたのを確認すると、場を支配した満足感に浸るのだった。
彼らのいじりなど気にしていない、そう思っていた。高校生になるまでは。

中学を卒業し、校則が殆どない自由な都立高校に進学すると、私は自己改革に着手した。
女子サッカー部に所属しハードな運動量をこなす一方で、食べるのは蒸キャベツとヨーグルトのみ。1か月でマイナス8キロ、大根脚でない華奢な体躯を手に入れたが、すぐリバウンドしたばかりか、生理は3年止まった。
一重が嫌で毎日アイプチとカラコン。存在感のないまつ毛の上に、つけまつげをつけ、髪の毛は金髪に。鏡に映る自分はどんどん変わっていき、友人や知り合いから「可愛いね」「美人だね」と言われる機会も増えた。
しかし、私は満足しなかった。
なぜもっと可愛く生まれてこなかったのだ、と癇癪をおこし、イライラから鏡を割ることもあった。だって私は「ブス」で「大根脚」で整形しなければいけないほどなのだから。それは呪いだった。

誰に褒められようが、「ブス」と呪いをかけてきたあの陽キャ集団に、あっと言わせるまでは、私は癒されないのだと気づいた。

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復讐の機会は、中学を卒業して3年経った同窓会でやってきた。あのボスが、私の隣に座り「まよさん、お綺麗になりましたねえ」と声を掛けてきたのだ。
来た。この時を待っていたのだ。
「あれ~?ブスって言ってたじゃん」と返すと、彼はきょとんとした顔でこう返してきた。
「あれ、そんなこと言ったけ?覚えていない。言ったとしても、本当のブスにブスって言わないよ。冗談に決まっているじゃん」

私が待ち望んでいた応えは「本当に綺麗になったよな。ブスなんて言って早まったな。ごめんなさい」であった。
まさかの「そんなこと言ったけ?」とは。
復讐の炎はしゅるしゅると鎮火していった。覚えていない、の一言に、この三年間の努力が走馬灯のように駆け巡った。

彼らは何も知らなかったのだ。冗談でも「ブス」という一言が、どれだけ私の呪いになっていたのかも、その効力も、それに私が傷ついていたことも。

だってしょうがない。彼らは知ることすらなかったのだ。
女子の腕に毛がないのは、そもそも生えていないのではなく、毎日面倒くさい思いをしながらお手入れをしているからなのだと。電車で足を広げていないのは、努力なのだと。
そして彼らはまた知らないだろう。
例えば、就活でパンプスを履かなければいけないための靴ずれの痛み。
例えば、毎月の生理で変動する体調や心調。
例えば、声を上げなければいけないと分かりつつも、恐怖で固まってしまう痴漢。
彼らはきっと知らない。その一因は私たちが声をあげていないからだ。

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そして私たちも同時に知らない。男性であることゆえの苦しみ、痛みを。精神科を受診するのは女性が多いのに、自殺するのは圧倒的に男性が多いことに表れている日本の男性の生き辛さを、私たちは知らない。

私たちはお互い何もわかっていない。だから知りたい。だから伝えたい。

私は、持病の精神疾患の服薬で、ダイエットに成功した高校生の時と比べて、25キロほど増量している。でも、今の方が自分の身体を受け入れられている。
それはきっと、自分や女性のことをよく知りもしない「彼ら」のからかいの言葉よりも、自分のことをよく知っている友人や彼氏、そして自分自身の言葉を大切にしているからだと思う。
無知な上に深く考えていない他人の言葉に振り回されるのはもうやめよう。そしてできれば、無知から一歩踏み出そう。
「分からないから相手を傷つける」はもうかっこ悪いのだ。