大好きな漫画がある。
羽海野チカ先生の『三月のライオン』。
漫画は電子派の私が唯一全巻単行本で持っている漫画だ。

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学生の頃からの私の夢は「自立して、1人で生きていけるようになる」。
その夢に向かってガムシャラに走っている最中、周りを見ると同じく夢に向かって頑張る人達がいた。
弁護士になりたい、医者になりたい、美容師になりたい。
色んな夢を持つ友人達はとてもキラキラしていた。
だけどなんとなく自分とは違う気がした。
周りの人達は夢に向かって頑張る姿がキラキラ輝いているように見えたのに、私だけは必死に真っ黒な海に溺れないようにもがいているだけのような気がしていた。
自分の夢も、どうして「1人で生きていきたい」なのか自分でもよく分かっていなかった。
とにかく、早く自立して、早く自分自身でご飯を食べれるようになりたかった。
どうしてそう思うのかは二の次。
考えないようにしていた。考えたらもう頑張れないような気がして。
だけど、純粋に夢に向かう人達をみると私は自分自身がとても孤独に感じた。

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社会人になって、私は夢を叶えた。
1人で生計を立て、1人で生活をしている。
だけれど何故か泣きたくなる瞬間があった。
それがなんなのか、私には分からなかった。
そんな時、ずっと本棚に閉まってあった漫画を取り出した。それが『三月のライオン』。
主人公、桐山零くんは家族を交通事故で亡くし、その後15歳でプロ棋士になり将棋界で戦う。
一見すると将棋のバトル漫画かと思うが、そうではない。
孤独な少年の繊細な心情が丁寧に描かれている少年の成長物語である。

ペラペラと読み進めると、以前はそこまで気にしていなかったページに目が止まった。
高校の屋上へ繋がる薄暗い階段でひとり、お昼ご飯を食べながら主人公である零くんは思う。

「自分で家を出て、家賃を払ってご飯をたべられるようになれば、大人になれるんだと思ってた。大人になれば、もう泣かなくてすむんだと思ってた」

彼の丸まった背中がとても寂しげで、とても切なかった。
しかし、このシーンを見た時、ずっと心の中にあった重荷が一気に溶けた気がした。
あぁ、こういう事だったんだと納得したら、安心して涙が止まらなくなった。
彼の背中は今の私と同じだった。
きっと私は泣かなくて済む方法を必死に探していたんだ。
どこにも居場所がなくて、この孤独の出口はどこにも見当たらない気がしていた学生時代。そんな中で1人で生きていけるような強さを持つことで孤独に蓋をしようとしていたんだと気がついた。
あぁ、私と同じように思っている人が少なくともここに1人いる。
安心して温かい涙が止まらなかった。
ワンルームに1人、だれも傍にはいないのに
もう私は独りでなくなっていた。

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この作品にはこんなセリフもある。

「不思議だ。人はこんなにも時が過ぎた後で全く違う方向から嵐のように救われる事がある」

この言葉の通り、私は零ちゃんに学生時代孤独を埋めようとガムシャラに生きてきた自分を数年越しに救ってもらったんだと思う。
大丈夫だよ、キミは独りじゃない。同じように思う仲間はここにいる。
そんなメッセージを貰った気がして、私は肩の力が抜けた。
どんなポジティブな励ましや精神論でもない、零ちゃんの孤独が私を救った。
他人の孤独が自分の孤独に寄り添ってくれるなんて、思いもしなかった。
真っ黒な海でもがいていた私を、引っ張りあげるんじゃなくて、一緒だよって零ちゃんが真っ黒な海の中に飛び込んできてくれるような感覚。それに安心してじたばたするのをやめたら、いつの間にか水面に顔が出て息がしやすくなった。

社会人になって数年が経つ。
もうひとり暮らしも板について、なんでも自分でできるようになった。
だけどきっと今まで自分の本音に蓋をしていたから、本当の意味で私の夢はまだ叶っていないんだと思う。
私は今、スタートラインにたった。
ずっと後ろ向きな努力ばかりしてきた。
1人で生きていけるように、もう孤独に泣く人間にならない強い人間になれるようにと。
だけどもうそんな努力は終わりだ。
これから自分の好きなことを見つけよう。
ゆっくりと自分のペースで、自分が好きな方向へ歩いていこう。
零ちゃんも居場所を見つけ、次のステージに進んで頑張ってる。
私も今度は前向きに進んでいこう。
きっとこれからも零ちゃんの言葉一つ一つが私の背中を押してくれるから。