「私の彼氏がすいちゃんのことないわ〜って言ってた」
「なんで?」
「女のくせに男より身長が高くて、ショートヘアだからだって」
「え、そうなんだ」
それ以降の彼女との会話はよく覚えていない。
身長173cmでショートへア。それまでこれらは、私のアドバンテージでありシンボルだった。

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平均身長170cm、バレーボール一家のもとに生まれた私は、すくすくと大きくなり、小学校を卒業する時点で170cmまで成長した。バレーをする上で恵まれた体型に育った私は、手に入れたアドバンテージを存分に使い心血を注いだ。
バレー部だから髪短いの?なんて聞かれることもあったが、そこに関してはバレー関係なく私がショートヘアが好きだった、それだけの理由だった。バレーに活かせる身長も、ショートヘアも、自分の大好きなアイデンティティだった。

怪我によりバレーを引退した後も、そのスタイルを変えることはなかった。確かに見た目はいささかボーイッシュだったかもしれないが、どちらかといえばとっつきやすいと評判の性格で、男女ともに友達も多くいた。

しかし、年を重ねていくうちに、恋愛というフィールドで勝手に判断されることが増えた。当時の私は恋愛よりもアイドルの追っかけに情熱を注ぎ、リアルに目を向けていなかった。それだけに勝手に面接され、勝手に不採用通知を送られた時の衝撃は尋常ではなかった。
今すぐ恋愛をしたかったわけではなかったが、もし恋愛をしたいのであれば今の自分を捨てないといけないと言われた気分だった。

やがてアイドルへの熱量もさめ、彼氏という存在に興味を持ち始めた私は髪を伸ばし始めた。

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これまで好きだったメンズライクな格好も封印し、身長が醸し出していたいかつさを消すべく、自分とは対極的なJILL STUARTが似合う女子の真似を始めた。
これがまあ驚きびっくり、思ったより似合っていた。そんな自分が全く無理というわけではなかったが、恋愛のために武装しているように思えて、自分ではない気がした。
思ったより似合っていたという感覚を体現するかのように、これまで私に興味を示さなかった周囲の彼らはあっという間に私を恋愛対象として認識するようになった。
こんなことで私の価値は変わってしまうという現実、恋愛というフィールドに身を置くために本当の私に蓋をした現在の私に好意を持ってくれている彼らの本質の見えてなさに呆れ、本気で好きになった人はいなかった。

「もっとショートヘアでも可愛いと思う」
そんな中、ある男性が私が元バレー部だと知った時にそう言葉を発した。肩にかかるかギリギリのショートボブ時代の私は、まさかそんな風に言ってくれる人がいると思わなかった。

「え、ショートヘアって可愛いって思われるんですか?」
「うん、ショートヘアって人を選ぶけど、睡蓮さんは似合いそう、今の姿も素敵だけどね」
大好きだったアイデンティティを否定され、本当の自分を隠し生き続けていた私にとって彼の言葉は救いそのものだった。私が私らしく生きてもそれを肯定してくれる人もいるのだと知った。
私の中で何かが弾けた瞬間だった。

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数ヶ月後、彼とお付き合いを始めた私は、出会った頃より髪が伸びていた。恋愛武装のために着ていた洋服は全てメルカリで売り払い、白Tにジーパンといったメンズライクのスタイルを復活させ彼の隣に立っていた。
彼はそんな私を可愛いと言ってくれた。そんな自分が好きだった。
「髪切らないの?」
「切らないよ」
一度だけ彼にそう言われたこともあったが、今は伸ばしたい気分だった。そこにあったのは、自分を隠すためではなく、新しい自分を見てみてもいいかなという好奇心だった。
周囲の私への反応は様々で、モデルみたいでかっこいいと言う人もいれば、女性らしくないと言う人もいた。

けれど私は、自分の好きな私でいることの軽やかさを知った。
そんな私を肯定してくれる人がいることも知った。
私は私らしく生きていけばいいことを知った。
誰かのための私ではなく、私のための私であろうと、今日も私は大好きな自分として生きていくことにした。