もう彼は私の街にはいない。
その事実を知ったのは、私のなかに彼が刻まれ始めたあの日と同じ、初夏の23時頃だった。
日曜日の夜、彼のSNSで見た文章は、私を眠りにつかせてくれなかった。まだ少し涼しくて静かな夜の静寂の音さえ消えて、ざらざらしたタオルケットだけが私を包んでいる。
「誕生日を迎えました!そして東京で社員3人のスタートアップに転職しました!」
元々、転勤で私の街にやって来た彼だ。
またいつか転勤で、どこか別の街に行ってしまうのは分かっていた。
ただ、よりにもよってこんなに早く、そしてこの季節にいなくなってしまうなんて。

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ここで彼と過ごした夏について書きたいところではあるのだけれど、実は私と彼が一緒に過ごした時間はとても短い。
それよりも、彼に彼女がいることを知って泣いた日、SNSで誰かと行った海の写真が更新される度に胸がざわついた日、飲み会に呼び出されたのに彼の返信が途切れカラオケ屋でひとり返信を待った日、彼から急にLINEが来てニヤニヤした日、すぐに返信はしたくなくてスマホの前でそわそわしながら時間を潰した日……。
彼のいない夏の時間の方がうんと長い。
泣いたり、喜んだり、不安になったり……。
目の前にいない彼のことを想い、私の心は忙しかった。だからこそ、こんなにもあの夏が私に刻まれているのだと思う。

顔を上げると、いつの間にか眩しい夏の日差しに変わっていて、日差しの下はLINEの画面が見づらいからと、日陰を浮かれ気分で探したあの夏の日差しがまた巡ってきたんだ……と思った。
彼とのLINEのラリーは数ヶ月前から途切れている。私のはてなマーク付きのLINEに返信がない。
それでもこの街にいれば、いつか偶然会うこともあるかもしれないという期待だけで頑張れた日もあったのに。もう、彼は、いない。
彼が毎日利用していると言っていたコンビニは、彼が来なくても経営破綻に追い込まれない。
彼と行ったユニクロは入っていたビルの老朽化の問題で無くなるみたいだし、一緒に行こうとしたが閉まっていたシーシャカフェは別のカフェに変わった。
私の街は彼がいなくなっても当然、変わらず正常に機能する。それどころか、彼と過ごした短い時間の痕跡をも消し始めている。
彼のSNSのフォロー欄からも次々と私の街の飲食店やアパレルショップのアカウントが消えている。最初から私の街になんて住んでいなかったみたいだ。
私だけだ。私だけあの夏に取り残されている。
みんなが新しい夏を作っているなか、あの夏をなぞってこの夏を過ごそうとしている。

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彼とは仕事の話もよくした。
地元の企業に就職し、「もう少し挑戦してみたいけど、まあこのままこの会社で働こうかな」とのんびり考えている私と、新卒で入社した超大手企業を辞め、東京でスタートアップに転職した彼。
彼が私の街にいないことは、私に寂寥感を与えるだけではない。本当にこんな生き方でいいのかと焦燥感をももたらすのだ。
あぁ、もう!あの夏を刻んでおきたいなら、刻んでおけばいいし、あの夏をなぞりたいならいつだって舞い戻ってくればいい。タオルケットと寂寥感にくるまり横たわって、眠れぬ夜をやり過ごすことだってあっていい。
ただ、やはりどこかで彼には負けたくないという思いがジリジリと熱い。そんな夏だ。

いつまでも取り残されるわけにはいかないと分かっていても、私はまだあの夏に留まっていたい。
どうせ留まるのなら、と私はエッセイを書き始めた。私のなかに刻まれたあの夏をなぞって、言葉にするという新しい挑戦を始めたのだ。
あの夏があったから、私は今、私のエッセイを読んでくださる皆さんと出会うことができている。