「二年間、東京に行く事になった」
突然の彼からの一言。突然すぎて私は、頭をうなだれて、「えぇ」としか言えなかった。
頭が追い付かず、感情が伴ってこない。
彼の家で、ちっさいテーブルに向かい合って座っていた。

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付き合ってから一ヶ月の出来事だった。
彼とは、マッチングアプリで知り合った。家も近所で、仲良くなるのに時間はかからなかったし、出会って四回目のデートで付き合った。

私は遠距離にいい想い出がない。
学生の頃、付き合っていた大好きだった彼も、就職を機に東京へ行ってしまい、別れてしまったことがあった。
私にとって遠距離(しかもなぜか東京縛り)は、ある種のコンプレックスだったのだ。
たまに、遠距離をしていて長く付き合っているというカップル、もしくは、遠距離を経て結婚した人たちの話を耳にする度、「私はできなかった……」と過去の自分と比較して、過去の失恋を思い出しては、私は恋愛に向いてないんだと、悲観的になって自分のことを下げていた。

こじらせていた私に突然降りかかった困難。
目の前には、彼。
彼は、向かい合っている私の両手を繋ぎながら、「俺は、付き合い続けたい」と伝えてくれた。
無意識に「二年間、がんばろう」と、言っていた。
無意識のうちに、私は、彼を失うことよりも、遠距離恋愛を選んでいた。

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そこからは、毎日が目まぐるしく進んだ。
遠距離恋愛は、思いの外、楽しいこともたくさんあった。東京で観光もできるし、非日常を味わえるし、新鮮だ。
けど、彼と会える楽しい時間以外は、デートの頻度、連絡の頻度、価値観の違い、ケンカ、すれ違い、思い込み、嫉妬、不安、イライラとの闘いで、楽しい気持ちよりも疲れたというのが本音だった。

周りの人に、遠距離の彼がいると知られると、楽しそうでいいじゃん、と簡単に言われたり、私ならそんな人とは付き合わないな、とか、付き合いながら他の人探す方がいいって~と心にもないことを言われたり。
私の心は、ネガティブな感情も増えていた。

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色んな感情が沸き起こってしまったとき、私は突発的に「結婚したい」と伝えた。
彼は、即座に「結婚しよう」と言ってくれた。
婚約をしてからも、距離があることで自分の心は彼への猜疑心や不満、不安が増えてしまっていた。
そんなある日、彼が、某テレビCMの有名なコピーを教えてくれたことがあった。
「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」
「俺はほんとに幸せ者だ」
彼は悩んでいる私をよそに、そういいながら幸せそうに呟いた。

たしかに、「結婚」という選択が自由な時代に、さらに遠距離でも付き合い続けられる、結婚できる相手に知り合えたことはありがたいことに思えた。
今も、正直不安はある。
でも、愛されている自信が少しずつ増えてもきていて、相手を信じられるようになってきた。

いつの間にか、私の中で彼への気持ちが、好きから、愛に変わったんだなと気付いた。
きっと今までの私のコンプレックスだった不安な恋愛は、きっと今までの人たちに恋をしていたから。
今の彼を、私は愛している。だから、コンプレックスを乗り越えられる自信が出てきたのかもしれない。

結婚しなくても幸せになれる時代に、私と出会ってくれてありがとう。
彼には心から感謝している。