「俺が避けたの気付いてた?避けたけど、声をかけられてしまった」。和食店の半個室で、目の前にいる元彼にそう言われた。
しとしと雨が降る5月の出来事だ。
5年前の夏、わたしと彼は別れた。別れても続くLINEは不毛だった
5年前の夏、わたしたちは別れた。別れ話の前日には、いつも通りにデートをしていた。外食をした後にドライブをするお決まりのパターンだった。
わたしの転勤の時期が近づいていて、遠距離恋愛になることが決まっていた。不安な気持ちを口にしながら腕に触れると、手を振り払われた。
翌日にLINEで別れを告げられた。昨日の行動は、別れ話の伏線だったんだ。頭は勝手に納得していた。心は納得なんてしているはずないのに。
LINEのやり取りを続けながら、ずっと泣いていた。将来に対する考えの違いを理由に別れた。お互いを好きなまま別れるせいか、宙ぶらりんな気持ちだった。
「赤い目で仕事に行ったら、みんなに心配されたの」。別れ話の次の日に、元彼からLINEが届いた。送る相手を間違えていませんかと言ってあげたいくらいムカついた。
だけど、元彼も泣いていた事実を心の隅っこで嬉しく思った。まだわたしを好きな証拠に思えて、勝手に安心材料にしていた。結局、別れてから1週間は、いつも通りにLINEのやり取りをしていた。
一体いつまで続けるんだろう。なんて不毛な時間なんだろう。次の瞬間、LINEのブロックボタンを押した。とても感情が揺れ動いた1週間だった。
話の内容は覚えてないけど、3年前の夏に元彼を見かけて声をかけた
3年前の夏、別れてからちょうど2年後に再会した。ビックカメラのワインコーナーに元彼がいたのだ。うつむきがちにワインを見つめていた。思わず声をかけた。
少しは喋ったはずなのに、会話の内容をほとんど覚えていない。拍子抜けするほど、あっけない偶然の再会だった。
今年の5月に、久しぶりに友達に会うことになった。友人の住む街は遠い場所なので、泊まりがけで行くことにした。
友達の住む街には、元彼も住んでいる。友達に元彼に会おうかなと匂わせ発言をしたら、やんわり止められた。なのに、優しいアドバイスを完全に無視して、元彼に会う計画を立て始めた。
まずは元彼にLINEを送ってみた。すぐに既読がつき、返信が来た。想定外のスピード感に動揺した。聞いてみれば、ちょうどiPhoneを眺めていたタイミングだったらしい。そして、スムーズに会う予定が決まった。
今年の5月元彼に会い、まだわたしを好きな証拠をどこかに探していた
計画的な再会の日を迎えた。共通の知人トークに花が咲き、あっという間に時は過ぎていった。仕事の近況報告もしたし、付き合っていた時の思い出話だってした。だけど、核心には触れないし、触れさせない。にっこり笑顔で綱渡りをしている感覚だった。
「俺が避けたの気付いてた?避けたけど、声をかけられてしまった」。ふとしたタイミングで、3年前にビックカメラで再会した時の話になった。ここで冒頭の台詞が登場した。正直に「気付いていなかった」と答えるわたし。
なぜ避けたのか理由を聞きたかったけど、聞かなかった。どんな返事が返ってくるんだろう。どんな返事が返ってきたら、わたしは満足するんだろう。何も気にしていない素振りで、お猪口に手を伸ばした。甘くて爽やかな日本酒で問いを流し込んだ。
心の隅っこでは気付いている。まだわたしを好きな証拠をどこかに探したいだけだ。些細な言葉の中に隠れているかもしれない。もしかすると、さりげない仕草の中に潜んでいるかも。
糸くずサイズの証拠(らしきもの)を見つけては、虫眼鏡で拡大して眺める。そんな不毛な時間をもう少しだけ過ごしたい。