「おまえ、おとこかよ」
男子に毛深い腕を指さされて笑われた小学生時代から、ずっと夏が嫌いだ。
暑くても無理して長袖を着ようとした日もあった。男女共修の水泳の日が嫌で仕方なかった。
どうして私は毛深いんだろう。周りの友達はそうでもなさそうなのに。
小学生時代、ずっと悩んでいた。

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中学校に入る頃、母からカミソリで毛を剃ることを教わった。
今思えば、小学生の肌にカミソリを使わせたくなかったのかもしれないが、もっと早くに教わりたかった。
自分で剃ると毛穴は見えるが、以前ほど毛深いことが気にならなくなった。
中高時代は肌を堂々と見せて部活に熱中し、あっという間に社会人になった。
そうして、生涯忘れないであろう1人の先輩と出会った。

「なんか、ちくちくしたなぁ」
セックスを終えたあと、先輩はベッドで苦笑いしながら言った。
「え?」
「ちくちくした女の子ははじめて。ちゃんと毛、剃ってる?」
ショックを受けた。遠い昔のコンプレックスが蘇ってきた。
私は当時、ものすごく先輩のことが好きで、遊び人なのになかなか私と関係を持ちたがらない先輩に猛アタックして、どうにかこうにかでやっと手に入れた一晩だった。

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ホテルから帰宅後、通販で保湿クリームを何種類も購入した。脱毛サロンのカウンセリングも予約した。YouTubeの広告では、しょっちゅう脱毛サロンの宣伝アニメが流れるようになった。

脱毛サロンでは、「綺麗な肌をしていますね。お客様ならすぐツルスベ肌になれますよ」と言われ、20万弱のお金を一括で払った。
これで、綺麗になれる。今度こそ毛の悩みから解放されるんだ。そうしたら、脱毛サロンの宣伝アニメみたいに、先輩に好きって言ってもらえるかも……。
わくわくした気持ちで脱毛サロンの施術を受けに向かった。

「痛みがあったらお知らせ下さい」
「痛いです……」
「え?そうですか?あれ、背中赤くなってますね。背中は施術できません」

えっ……。ツルスベ肌になれるとか言っていたのに……。
結局、その日施術できたのはVラインとワキ、腕、顔だけ。全身脱毛コースなのに、足も背中も、お腹や乳輪周りもしてもらえなかった。
顔の施術はまぶしくて熱くて、怖かった。
その日以来、脱毛サロンには行っていない。

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私のコンプレックスは解消されないのか。カミソリで剃ってもちくちくするのは、どうしたら良いのか。
先輩は変わらず優しくしてくれるが、一晩のお誘いもないし、私を本命にしてくれることもなさそうだ。
もう何もかも嫌だ。月日が流れても投げやりになっている私に、「2人でどこか出かけない?」と声をかけてくれた人がいた。それが今の彼氏だ。
デートをしたら、好きと言われた。
慎重になりすぎると、後々後悔することもあるし、とりあえず付き合ってみよう。
そんな気持ちで今の彼氏とお付き合いを始めた。

彼氏は優しくて、穏やかな人だ。「ちくちくする」と思っても、言わないだろうな。剃り残しとかないかな。考えれば考えるほど気になってしまい、「電気をつけないで」とお願いし、震えながらセックスをした。
そんな私に優しく、時間をかけて全身にキスをしてくる。愛されるセックスってこんなに気持ち良いんだな……。
時が過ぎれば過ぎるほど、彼氏と過ごす日々が、幸せに感じられ、電気がついている状態でもセックスできるようになった。

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今年も夏が近づいてきた。
衣替えをしていると、昨年一目惚れして買ったものの、着ていない夏服があった。背中ががっつり空いているため、背中の毛を気にして着れなかったのだ。
その時、ふとアイディアが浮かんだ。それは、ものすごく勇気のいることだったが、意を決して、そばにいた彼氏に声をかけた。
「あのね……この服着たいんだけど。背中の毛が気になって。お風呂場で剃ってくれないかな……?」
彼氏は驚いた様子だったが、すぐに「良いよ」と言ってくれた。
お風呂場では、とても恥ずかしかったが、彼氏も緊張して手が震えているのが伝わった。
剃り終わってシャワーで背中をていねいに流してくれた後、ギュッと私を抱きしめて「綺麗だよ」と言ってくれた。
それは、コンプレックスごと全部抱きしめてもらったような感覚だった。

また、背中の毛が気になったら、彼氏に剃るのをお願いしてもいいのかなぁ。
お気に入りのこの服で、彼氏とどこに遊びに行こうか。美味しいものでも、ご馳走しようかなと、幸せを感じながらぼんやりと思った。
これから来る夏が、楽しみだ。