「彼氏さんがいるのは分かっています。だけど、2番目でいいので、俺を見てください」
デートらしいデートもしていない、部署は違うけれど会ったら話すような、1年後輩の犬系男子に、初夏のある日、突然言われた言葉。
今までに告白されたなかで一番ずるいと思った。「僕」と言っていた、職場のみんなに愛されるキャラなのに「俺」と言い出したから。「2番目でいい」と言うから。
「2番目でいいので」と言える彼は、意外とすごいと思った。上辺だけの言葉かもしれない。ただ「彼氏がいる女性を振り向かせたい」という気持ちで言った言葉なのかもしれない。
それでも「2番目でもいいから」と言えることは、彼の才能なのかもしれない。誰かの2番目になるのはきついと知っている。決して、1番目にはなれないから。
たとえ、1番目がいなくなったとしても、2番目が自動的に昇格するわけではないから。
1番目になりたかったら、本気で恋に落とすつもりで、好きな人を自分に夢中にさせなきゃいけないから。
「その1番目との幸せな関係を壊してでも、自分が相手と一緒になりたい」という少しばかりのわがままが必要で、そんな「天性のわがままさ」を、目の前の後輩男子は持ち合わせているかもしれないと思った。
後輩の彼は万人に好かれる、あざとい犬系の男子
同い年だけれど、入社が1年後輩の犬系男子。仕事を数年やっていると、1年の入社の差など関係ないけれど、最初の数年間はやはり1年の違いは大きい。
名字にさん付けで呼ぶことがスタンダードで、仲の良い同僚や同期なら下の名前や愛称で呼ぶ、という職場において、知りあった当初から私の下の名前をさん付けして声をかけてくる彼は、「なでで、なでで」と飼い主にアピールするようなワンちゃんのような後輩だ。
私は普段髪を下ろしているけれど、リボンがついたクリップで髪をまとめた日には、「今日髪の毛結んでいるんですね」と声をかけてくれる。
お昼休みに偶然会うと、「そこのスタバかセブンまで散歩行きません?飲み物買いたくて」と何かにつけて、誘うのが上手だ。
「あのね、後輩が、犬系男子みたいで面白くてかわいくて……」と私の友人や彼氏に話したくなるような、そんな関係だった。
「一目惚れをした」と言った彼。その素顔は分からない
私が先輩として、彼と初めて顔を合わせた時、彼は一目惚れしたのだという。
私は、一目惚れなんてドラマの世界だけだと思っているし、外見だけで誰かを好きになれる方が、すごいと思う。
外見でビビッとくるような、恋に落ちる感覚は私にはわからないけれど、相手の内面をよく知らなくても、一目惚れした時に抱いたイメージとは異なる私生活を送っていても、一目惚れの力で、全て「好き」に変換できるのなら、その一目惚れの力は強大だ。
たとえ、その持続力が数か月間であったとしても、一目惚れができる純粋な心を持ってみたいと思う。
ただ、一目惚れをする彼の素顔は分からない。本当に一目惚れなのかさえ分からない。私を振り回したくて言っている嘘なのかもしれない。
まだ大人の恋愛を知らないのか、本当に一目惚れで恋に落ちてしまうタイプなのか。
その素顔は分からないけれど、人を悩ませることが得意なのだろう。
顔を合わせることも多い後輩の犬系男子くんに対して、私は「気持ちは嬉しいけれど、私は恋愛するつもりないよ」と伝えた。
私には、彼氏が大切であって、私の彼氏は、2番目をつくらないでほしいと言ったから。
職場で恋愛の話はしたくなかったから、指輪をしていた
告白された後、面倒くさいなと思いつつも参加した夏のビアガーデンでの飲み会には、呼ばれていないはずの後輩くんがなぜかそこにいた。愛されキャラだから、誰かが呼んだのだろう。
私は、普段職場で恋人の話はほとんどしない。プライベートと仕事は分けておきたいから。
入社同期にさえ恋人に関する話はあまりしなかったけれど、指輪はいつもつけていた。彼氏が買ったものではなく、おしゃれ用の指輪。「私には大切な人がいる」と思い出させてくれる、自分を守るための指輪。
「ごめんね、明日朝早いからお先に」と飲み会から脱出しようとした。
「えー、明日休みなのに」と言う飲み会好きの同期がいたけれど、「明日、彼氏とデートだから」と言い残して、お店を出た。
きょとんとした顔の同期と、なんだか悲しそうな顔をする後輩くんを横目に。
夏の東京の、もわっとした、湿気を含んだ夜風にあたりながら、今の私には、浮気も二股も、「2番目でいいので」と言う男子をたぶらかすことも、もう向かないのだなと思った。内面も見る大人な恋愛をしたいから。