特集:背中を押すことば

七夕に懸けた決死の願いは、短冊の代わりに診断書に込めた

背中を押すことば

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七夕の夜、持っているのはカラフルな短冊ではなく、モノクロで無機質な診断書。これが今の私の1番の願い事。

私は昔から、顔のせいか佇まいのせいか、体調が悪くても怪我をしていても、心配されるどころか仮病や嘘を疑われてばかりだった。

◎          ◎

中学生の頃、足の指を骨折した。運動部に所属していた私は、しばらく部活に行けない旨を親から顧問へ伝えてもらった。次の日、校門横に車を停めてもらい、なんとか歩いて教室に向かう姿を顧問に見られ、「歩けるなら部活に来て。片付けや記録ぐらいできるよね?」と責められた。
これ以上怒られたくなくて参加した。結局ほぼ立ちっぱなしだったため、腫れがなかなか引かなかった。

高校生の頃、立ちくらみが酷く保健室に駆け込んだ。連絡を受けた担任が来て私の顔を覗き込み、「顔色も悪くないし元気そうだな。テスト前だからサボりか?」と疑われた。それどころか「〇〇(他の生徒)も辛そうだけど頑張ってるぞ」とまで言われた。
これ以上サボりだと思われるのが怖くなって、体調が悪くなっても教室で歯を食いしばって耐える癖がついた。その癖は数年後にパニック障害へ形を変えることになる。

春に大学を卒業し、新卒として働き始めた。
私はアイドルが大好きで、アイドルのキラキラを見ては「大好きなアイドルを糧に仕事をしよう」「この日のために頑張って生きよう」。そうしてずっと頑張ってきたつもりだった。
毎日毎日、研修を頑張った。資格のための勉強と業務を同時にこなしていた。職場で嫌われないように必死でコミュニケーションを取った。1日でも早く戦力になりたいと思った。

朝、起きられなくなった。寝ても寝ても眠い昼と嘘みたいに眠れない夜を繰り返した。
耳の聞こえが悪くなった。立ち上がったり振り返ったりするタイミングでふらつく事が増えた。食欲の波が激しくなった。反応が鈍くなり、脳に霧がかかるような日々が続いた。

◎          ◎

そのうち、あんなに大好きだったアイドルのキラキラさえも霞むようになった。
お気に入りのパフォーマンスが響かない。好きな歌を聴きたくなくなる。帰り道、フラフラした足取りでホームを歩きながら、「今ここに落ちたらどうなるのかな」というささやかな疑問が頭に浮かび、そんな事を考えた自分が恐ろしくて母親に泣きながら電話した。
もう充分おかしいのは分かっていた。
疲れた。苦しい。休みたい。ずっと辛い。
でも、私はそれを言えなかった。
「怠けたいだけ」
「甘えじゃないの?」
「どうせサボりたいんでしょ」
「あの子は同じような状況でも頑張ってるのに」
昔から何回も何回も何回もそう責められてきたから。
新卒の私は1番頑張らなきゃいけない。同期や同級生だって、みんな慣れない環境で頑張ってる。定時で帰らせてもらえるだけマシだと思え。せっかく大学まで出してもらったのに。こんな時期に休んで大丈夫なの?やっと自立できたと思ったのに。
延々と私が私を問い詰め続ける。長い時間をかけて繰り返してきた自責の念は、いつしか重くて固い足枷になっていた。

◎          ◎

毎晩泣いていたし薬も増えたが、やっぱり口には出せず、それでもやっとの思いでインスタで気持ちを吐き出した。本当に信頼している数人にしか見せなかったが、みんなからメッセージが来た。
「自分を大事にして」「よく頑張ったね」「ゆっくり休んでほしい」「味方だよ」。信じられなくて全部が有り難くて泣きながら何度もスクショした。誰からも「私も辛いのに」「それ甘えじゃない?」だなんて言われなかった。
ひとつひとつの言葉が本当にやさしくて、今だけじゃない、中学生や高校生の頃の私まで丸ごと助けてくれた気がした。

数日後、もう頑張れないこと、限界をとっくに越していたこと、立ち止まりたいことを上司と主治医に必死で伝えた。
「そんな時まで人と比べてどうするの?痛みや辛さはあなただけのものだよ」
「一度ゆっくりしましょう。休む決断ができたことも偉い」
これまたやさしい言葉と共に、休職の診断書を受け取った。皮肉なもので、その日はちょうど七夕だった。晴れていたから織姫と彦星もきっと逢えただろう。

◎          ◎

私が過去に受けてきた理不尽の数を、私を救ってくれた言葉の数がやっと追い越した。お守りは診断書とスクショだ。
私がひとり居なくなったところで、職場も世界も回るのだ。誰も困らない。何も間違ってない。私の苦しさは逃げでもサボりでも甘えでも怠けでもない。ぐしゃぐしゃに汚れた涙も、私のもの。私の痛みは誰と比べるのも許されない、私だけのもの。

「休みたい」と言えた私を守りたい。
七夕に懸けた決死な願い。こんなヘビーな願いを託されても織姫と彦星だってきっと困るだろうな。あれ…そもそも七夕の願いを叶えてくれるのは誰なんだ?

調べてみたら、七夕の願い事は、織物が得意とされる織姫にあやかり、習い事などが上手になるように、という願掛けが元になっているという説を読んだ。織姫が願いを叶えてくれるというものではなく、誓いの意味が強いので結局は自分で叶えるものだとも書いてあった(たぶん諸説あり)。

なんだ、結局は全部私が決めていいのか。
ひとつ豆知識を手に入れて少しだけ笑えた。

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