適応障害と診断されてしまい、休職して1年4か月が過ぎた頃。
PMS(月経前症候群)治療のために飲んでいた薬が体質に合わず、抑うつ感や吐き気に苛まれる毎日を過ごしていた。
その上、傷病手当金が支給される期間のタイムリミットも残すところ2か月となり、「こんなにヘロヘロなのに、生きて行くために働かなきゃいけないなんて人生ハードすぎる」と弱気になっていた。
明け方、歌唱する金髪色白の「彦星くん」の動画に目を奪われた
吐き気が収まるのはいつも明け方。いや、吐き気より眠気が勝った時に、気付いたら気を失ったように寝ていて、あの頃は毎日昼夜逆転していた。
そんな気持ち悪さを紛らわすべく、インスタグラムのおすすめ投稿に流れてくる男性アイドルの動画を夜な夜な見漁るのが、いつの間にかルーティンになっていた。
ある明け方、たまたま歌唱する金髪色白の「彦星くん」の動画に目を奪われた。
「くん付け」をしているが、彼の年齢は私より9歳年上だ。
彼は元々男性アイドルの括りで活動していたが、いつしか舞台俳優へとシフトチェンジしていたので、私がその動画を見たときには“舞台俳優の”「彦星くん」という認識をしていた。
おすすめ投稿に流れてきたその動画をタップすると、現在アイドルグループで活動している男の子と落ちサビ前の間奏を歌う「彦星くん」がそこにいた。
たった15秒の動画のうち、「彦星くん」が歌うのはたった7秒。
「こんな綺麗な顔して、どこからこの魅力的な声が出ているんだろう」と疑問に思った時にはもう彼の虜になっていた。
あまり出歩かなくなった私に、外へ出るきっかけをくれた「彦星くん」
適応障害やPMSと診断されてからあまり出歩かなくなっていた私が「『彦星くん』を今すぐにでも観に行きたい!」と思い、気付いたら「彦星くん」の出演舞台を調べていた。
運がいいことに、ちょうどその日に都内の劇場で舞台をやっているらしいと知り、慌てて仮眠を取り昼公演に備えた。
仮眠から目覚めた私は何年振りか思い出せないトキメキ感を味わいながらヘアメイクをし、デート服のようなワンピースに身を包み、いざ観に行こうと思ったのだが。
仮眠明けの身体は本調子ではなく、PMS起因の腰痛に苛まれてしまい玄関まで出るのがやっとだったため、都内まで出るのは断念した。
その翌日、運よく「彦星くん」の舞台がライブビューイングとして全国各地の映画館で中継されると知り、昨日のリベンジを込めて電車で20分のところにある映画館に向かった。
あのたった7秒の動画の通り、伸びやかな歌声を披露し、茶目っ気たっぷりな演技を披露する「彦星くん」。映画館のスクリーンでも色白で端正な顔立ちが輝いていた。
あの日、彼の虜になったおかげで私は自他共に驚くスピード感で転職先を見つけ、美容部員として在籍していた会社を退職した。
その後、「彦星くん」の舞台を観るためにと転職先で日々仕事に励んだ。
彼がスターとして輝く限り、「彦星くん」の天体観測を生き甲斐に
大学生の頃、推しグループがいた私。
全国津々浦々のライブに遠征するほど熱狂的なファンだった。
しかしファン仲間が増えていくほど、自分とは馬の合わないファンの存在を知ってしまう機会も増えた。
彼女たちの素行に対する共感性羞恥や嫌悪感が募り、応援しているグループまでイヤになりファンを辞めてしまった過去があった。
それからしばらく「推し活」を休止している間に私は推し不在の状態で社会人になっていた。
そして気付いた時には「私って何のために稼いでるんだろう」と働くことに対して疑問を持ち、職場でのストレスを憂さ晴らしする場所がないまま適応障害になり、生きる気力を失いかけていた。
そんな私に働く活力と心身共に健康になるきっかけを与えてくれたのが「彦星くん」。
インスタグラムというミルキーウェイを伝って私を助けてくれたのではないかと幻想さえ抱く。
上手いこと言ってみたくなっただけなのでテキトーに笑い飛ばしてほしい。
彼を応援し始めて早1年が経った。
休職して1年4か月、いや、実は生まれてこの方ずっとくすぶっていた私がその月日を取り戻すかのように精力的に活動できるようになったのは、紛れもなく「彦星くん」のおかげだと思っている。
私は彼がスターとして輝き続ける限り、「彦星くん」の天体観測を生き甲斐のひとつとしながら、生きるために働くだろう。