「女子プロレスが好きなんだ、へえ。なんか女子プロって……エロいよね」

私はかれこれ10年近くになる女子プロレスファンだ。
後楽園ホールに通い、華々しく活躍する女子レスラーの姿に心躍らせ、グッズを買ったり家でも試合を楽しみたくDVDを購入したりしている。
女子レスラーは選手生命が男子よりも短い。
怪我や、結婚や、新しい夢を見つけてリングを去る人を今まで何人も見送ってきた。
だから悔いを残さないようにリングで汗にまみれ、痛みに耐えながらもぶつかりあい、輝く、選手たちを応援している。

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けれども女子プロレスが好きだというと必ず言われる言葉が、冒頭に記した、「エロい」である。
そもそもプロレスは、スポーツなのかというとそれは微妙だという人もいる。
昭和の時代から「プロレスなんてどうせ台本があるんだろう」という人は一定の数いた。
それは正直プロレスファンが一番言われたくない言葉だ。
生で試合を見ていて伝わる真剣さを一度味わえば、プロレスがいかに真剣な真っ向勝負かがわかる。
だが、それでもプロレスはスポーツではなくてエンタメ、見世物だろうと、格闘技という分野の中でも相撲やボクシングに比べて格が下だと決めつける人も悲しいことにいる。
女子プロレスはそれが特に顕著な気がする。
だから私が女子プロレスが好きだというと、皆が少し目じりを下げて「エロいんだろう」という。
私はいつもその言葉を言われた際の反撃方法がわからず、心をもやつかせる。

エロい。
確かに女子プロレスラーの中にはグラビアアイドルとして活動していたり、写真集やイメージビデオを出している人もいる。ルックスの良さを売りにしている選手も多々いる、きらびやかなコスチュームは肌の露出もある。
だが「エロい」といったたった三文字の言葉に勝手にカテゴライズされるのが、何故か腑に落ちない。
エロい……ことは一概に悪いとは思わない。エロだってれっきとしたエンターテイメントであり、立派な産業だ。だが試合を見たこともない人に、私にとって大切な女子プロレスを、いつ何が起こるかわからないリングに立ち命を燃やして戦う選手たちを、ただ「エロい」ものだと思われるのが気に食わないのだ。

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私は元々男子のプロレスのファンであった。
メジャーと呼ばれる大きい団体ではなく、地方にあるいわゆるインディー団体の試合をよく見に行っていた。メジャーの団体であればチケットは、チケットぴあだとかで買うのだが、インディーの団体では選手に直接メールやSNSのダイレクトメッセージで「〇〇大会チケット一枚お願いします」と連絡をとる。私もそうして選手であり、団体の社長をつとめる人物からチケットを頼んでいた。

けれどもある日、チケットを頼んでいた選手から「写真を送ってほしい」と言われた。
その質問の意図がいまいち分からず、てっきりチケットを転売する人がいて、会場で入場の際に本人かどうか確認をするのだろうかと思ってプリクラの写真を送った。
「プリクラじゃなくて自撮りとかないの」
という返事がきた。このあたりでなんだか少しおかしいなとも思ったけれど、その選手の試合が好きだったし、団体もアットホームで好きだったから大学の友達との写真を送った。
結果、「ああ、なんだ普通だね」といった返事が来て、その時私は「試合を見に来るファン」ではなく「女」として品定められていたことに気が付いた。
つまりは性的対象になるかどうかを探っていたのだ。
そして同じ団体のプロレスファンから「その選手は顔写真をチケット頼んでくる子に送らせて好みの子は手を出したりしているし、ファンにおいても、ほかの選手においてもよくない噂がある」と聞かされた。ショックだった。

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別に私は選手と付き合いたいとか、あわよくばどうこうなろうと思いたくて試合を見に行っているわけではない。というか、だいたいのプロレスファンはそうではない。
普段私たちは腹が立つことがあっても人を殴れない。だからリング上で当然のように人を殴り、蹴り、投げ飛ばす非日常の白熱を客席で浴びて、退屈で平凡で我慢の多い日常を生きていく。それなのに、まさか選手がそんな目線をもってチケットの予約を受けていることも悲しかったし、そしてなにより「普通だね」と容姿を評価されたのもつらかった。
私はただ単にプロレスというスポーツを楽しみたかったというのに、何故そこに性的なものがついてまわるのだろう…


チケットを取ってもらってはいたものの。私はその試合には行かなかった。
行けなかった、というのが正しい。男子のプロレスラーに対しての恐怖に近い不信感を覚えたからだ。選手からは「キャンセル代を払え」という連絡がきた。
チケットを予約しておいていかない自分も悪いとは思ったが、それよりも応援するファンに対して性的な目を向け選り好みしていることのショックが大きく、無視した。

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もうプロレスは見たくなかった。
けれどもプロレスは私にとって生きる活力だったので、どうしても離れられなかった。
だから男子ではなく女子のプロレスにしてみようかと、思いだったら吉日で一番直近である女子プロレスの試合を見に行こうと思った。
忘れもしない2013年7月15日。

女子プロレスを見るのは正直初めてで、選手の名前もひとりも知らなかった。
今までは岩のような男の胸筋と胸筋がぶつかりあうような試合ばかり見てきた、だから女子プロレスというのがどんなものかもよくわかっていなかった。
今でこそ女子プロレスがすきと言って、「エロい」という先入観を返されるのが嫌な私だが、男性ばかりの後楽園ホールの足を踏み入れた時、女子プロレスって、猫の子が喧嘩するようにかわいい女の子と女の子がリングの上でぐんつほぐれつする……ような先入観を持っていた。いわゆる、キャットファイト……のような。本当に殴ったり蹴ったりするのかな?後楽園ホールの当日券売り場に貼られたポスターでガッツポーズを決める女の子たちはみんなひらひらとした可愛いコスチュームに身を包んでいて、とても愛らしい顔立ちでいわれなければプロレスラーとはわからない。本当に戦えるのかな?とすら疑った。
けれどもそれは、試合がはじまると一蹴された。

入場してくる選手はポスター通り可愛らしく、コスチュームのフリルをひらひら翻し微笑んでいる、グラビアイドルのようにバストを協調している人もいる。けれどもひとたびゴングが鳴ると地響きのように強く、強く、強く、叫んで、相手にぶつかっていく。
メイクが施された顔を汗まみれにして、可愛い顔を歪め、歯を食いしばり、キューティクルきらめく髪を振り乱しながら。
華奢に見える子も多くやられて、跳ね飛ばされ、倒れる姿に初めは「痛そう」と思ったが、けれども絶対に倒れたままではなく相手に何度投げ飛ばされても、起き上がり、反撃の狼煙といわんばかりの渾身の一発を打ち込んでいく。その姿に「あ、痛そうだなんて思ってはいけない」そんな気がして、かたずをのんで見守った。
試合前に、自分が向けられたら嫌で、純粋にプロレスを楽しめないゆがんだ先入観を持っていたことが恥ずかしくもなった。
試合を見る前は「わあ、かわいい。こんな人がプロレスやるの?ていうか、できるの?」と思ったけれど、退場していく時は顔は汗まみれで、髪もボロボロなのに、入場してきた時よりもずっと魅力的に見えた。
出場していた選手全員がとてもとても格好よかった。
私はひとりの男子レスラーの愚行でプロレスさえも嫌いになりかけていた心を慌てて引き戻し、女子プロレスのファンになった。
女子プロレスに出会っていなかったら、私はプロレスさえも嫌いになっていたかもしれない。それに同じ女性が戦っている姿にはいつだって力を貰える。

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「エロい」。私に対して品定めていたあの選手のように、女子選手をそうやって性的対象か否かと見るような言葉には心をもやつかせる。
きっとそれはプロレスだけでなく、多くの女性スポーツ選手が感じているのかもしれない。例えば選手のプレイよりもルックスばかりにスポットを当てるワイドショー。週刊誌で取り上げられるグラビア。
陸上の選手が盗撮被害等を訴えた事案も記憶に新しい。
でもだからといって、女子プロレスのきらびやかなコスチュームや肌の露出を廃止したりするのは違う。女性の肉体は別に汚らわしいものでも禁ずるべきものでもないからである。
まだこの問題の解決策というのが私には分からない。
けれど私は「エロい」と言われる度に「え、じゃあちょっと見てみません?」とプロレスのDVDを貸したり、YouTubeのurlを伝えている。
「エロい」とは、きっと1度でもプロレスを見たことがある人は言わない
プロレスは傷つくこともあり、痛みも伴う、時に亡くなることもある……「エロい」なんて言葉では一括りにできない、命を懸けて見ているものに生きる力を与えてくれる最強のスポーツであり、最高のエンターテイメントなのだ。