「何か」になろうとした夢は消えた。でも今は胸にワクワクがある

小学生の時、私は夢も希望もなかった。
いやがらせを受けていたからだ。
それをしてくる人たちを、一生許さないと決めた。
死んでも許さない。彼らの末代まで呪ってやるつもりだった。
そんなことばかり考えていると、頭がおかしくなるのは必然的だ。
毎日をただ過ごしているだけの日々に、ある日、光が差した。
今でいうところの"推し"ができたのだ。
その推しのおかげで、過ごしているだけの毎日に"楽しいひととき"という仲間ができた。
嫌な日々は、厳密に言うと5、6年生の時間を指す。
4年生まではそれなりに楽しく過ごしていた。
そして将来の夢もあった。
あるアニメに影響を受け、探偵を志していた。
今でこそ謎解きが流行っているが、当時はそれほどでもなかった。
参考資料はナゾナゾの本、探偵ものの漫画やアニメ、そして一般常識を出題するクイズ番組だ。
いま思い返しても、あの時の熱量は半端じゃなかった。
現実の探偵は、憧れたアニメの主人公みたいなことはしないことも、もちろんわかっていた。
わかった上で彼を目指していた。
そんな未来への希望を抱いた少女の心を、あっけなく吹き飛ばした"あの日々"。
もう何かに憧れて輝くなんて考えられなかった。
でも推しができた。そしてまた夢を抱いた。
また、希望がやってきた。
推しは芸人さんだったことから、私は「テレビの中で活躍する人」を志した。
芸人という職は、私がそれを崇拝しすぎていて逆にできない、ということだった。
ではテレビの中の何の人になるのか。
バラエティに出る人になりたい、というざっくりした理想。
それでもワクワクしていた。
私のたくらみは、テレビの中で活躍することで、やつらを見返すことだった。
当時の私の計算から行くと、今の私は出てないチャンネルが無いくらいの人気者。
結論から言うと、その夢は叶わずじまい。
それどころか、なにもしないまま終焉を迎えた。
小6で希望を見てから、私なりに努力をしてきた。
人見知りの性格を変えたくて、美容室で積極的に話をした。
部活で一目置かれるくらいに先陣を切った行動をとった。
高校では、今までよりも色んな人と話をしてみよう。
私にとってこれらは、とんでもないことだった。
「私がこれをしているなんて」と。
進路相談では、先生に気持ちをちゃんと伝えた。
見た目が秀でているわけでも、目立つタイプでもない私に先生方はみな、眉間に皺を寄せていた。
次第に心が折れ、芸能系の専門学校に行くことを辞め、大学を受験することになった。
あの時の"たくらみ"も、もう忘れていた。
それまでの私なりの努力も意味をなくし、元に、いやそれ以下になった。
そんな志で受けた大学なんか、半年足らずで中退。
当たり前だ。
少しでも興味のある学部ならよかったのかもしれない。
いや、そういう問題じゃない。
それ以来、夢を抱くことはなく、なんとなく生きてきた。
いま私はこうしてエッセイを書いている。
文章を書くことは得意ではなかったはずなのに。
自分の過去を昇華する目的で書き始めた。
この文章力では、何者かになれるとは到底思えない。
しかし、この胸にはワクワクが居る。
希望らしき奴も居る。
媚を売るつもりはさらさらないが、かがみよかがみという場所を見つけたことが、私の新たなたくらみを産み出すきっかけになった。
それはあの時のような"誰か"へ向けたものではない。
自分へ向けられているのだ。
ありがたいことに、いくつかのエッセイを掲載していただいた。
編集部の方のコメントも付けられていて、それがとにかくうれしい。
何か比喩的な表現をしてみることが物書きっぽいのだろう。
でも、"うれしい"というこのひらがな4文字なのだ。
スマホを両手で持って、わかりやすくニヤニヤして画面を見つめている。
"うれしい"だけに留まらないのが煩悩を持った人間。
ここから何かに、何者かに、なれたらいいな、いや、きっとそうなる。
今スマホと対峙している私の顔は、ニヤリとしている。
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