あれは17歳。高校2年生の修学旅行先の韓国でのバス移動のときだった。
修学旅行×韓国という非日常感マックスの環境で、高校でもお調子者だった私は、クラスメイト何人かの前で過去の恋愛(正しく言えば片思い)遍歴を披露していた。

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「まよってさあ……」
私の勘違いと思い込みにまみれた恋愛話を聞いていた、クラスメイトのH君が口火を切る。
なんだなんだ、私ってどんなんだ?
「安上がりな女だよな。なんか全てにおいて開けっぴろげだし」
H君の言葉に、わっと笑いが広がる。

彼は入試トップで入学した学年きっての秀才。勉強が出来るだけでなく、視野の広さや深さ、着眼点の豊かさで、みんなから一目も二目も置かれていた。
その彼が恋愛観を語り始める。皆は、私の話はただ聞くだけだったのに、耳と体を傾けて次の言葉を待った。
「モテる女っていうのはさ、どこか隠とかミステリアスさを持ってるものなんだよ。秘密を持ってるっていうかさ」
「男にこの女(ひと)のこと、『もっと知りたい!』って思わせなきゃだめ。まよはそれがない。だからモテないだろうなー」

容赦ないH君の言葉に、以前読んだ恋愛指南サイトの言葉がフラッシュバックする。「男の人は素直で天真爛漫な子が結局大好き☆」ってやつだ。全く反することを言っているのに、彼の言うことがどこか腑に落ちて忘れられない。

私は自己開示が早いし大胆だ。開けっぴろげにしすぎて、以前男友達から「まよと話してると、この人に隠し事するのは馬鹿馬鹿しいと思わされる。どこかそういうところがある」と言われた。あの時は褒め言葉として、とっても嬉しかったのにな……。
そう言えば、某国民的推理ラブコメ漫画の敵役の女性が言ってたっけ……。
“A secret makes a woman woman. ”
あれって日本語訳なんだっけ……私も秘密めきたい、そうすればモテるのかな……。

まだまだ恋愛話に盛り上がるクラスメイトと内省しはじめた私を乗せて、バスは夜の韓国の街をひた走った。

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大学に進学し、そんなノン・ミステリアスな私にも彼氏ができた。でもそうなっても「モテる女とは秘密を持っている」というH君の言葉が離れることはなかった。
自分の秘密を抱えて生きる、というたくらみ。なんかイイ女っぽいじゃない。
大人の女になったら香水をまとうように、秘密をまとう、というたくらみ。
それなのに、こうやってエッセイを書いて自分や自分の周りのことをセキララに書いている。全然たくらめてない。

私の秘密……。あっ、あった!彼氏に早速LINEする。
「ねえねえ!私、秘密めきたいって言ってたじゃん?」
ピコン。速攻で既読がつく。彼氏はLINEの反応はいつも速い。
「言ってたねえ。なにか見つかったの?」
「私、28年間生きてこの方、血液型不明じゃん?だから、血液型調べて誰にも言わないようにする!これで秘密持てる!モテる!」
「緊急時の医療のとき、そこ秘密にすると危ないからやめなさい。それと」
彼氏は付け加える。
「秘密欲しいからって秘密作るの、なんか浅はかじゃない?」

わたしのたくらみは、彼氏によって「浅はか」だと切り捨てられた。血液型不明という唯一の切り札を失った私は、ミステリアスな女からまた一歩遠ざかった。

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ああ、所詮私という女にとって、秘密というたくらみは高級品。望んでも手に入らないのか。
なんでもネタとしてこうしてエッセイに書いてしまうくらいなのだからなあ。
と思って、それならばエッセイをもっと勉強してやろうと、エッセイの書き方指南書を読んでいたら、こんなことが書いてあった。

「エッセイ/エッセー/エセーの語源はフランス語のエッセイユ。エッセイユとは「試み」という意味である。」

お?これは?!と思った私は、英和辞書と和英辞書を開く。
試みとは、英語でattempt。
attempt とは、試み、努力、そして「企て」。企て、つまり「たくらみ」、である。

なんだあ、私エッセイを書くことでずっとたくらんでたのか。エッセイを書くにつれて色々な私と出会った。ペンネーム「まよ」で執筆することによって、本名しか知ることのない人たちにとって「秘密」というたくらみをまとっていたのだ。
ならば、書こう。どんどん書こう。臆せずに。

そういえば“A secret makes a woman woman”の訳は「女は秘密を着飾って美しくなるんだから……」であった。
私はエッセイを着飾って美しくなってやる。それが今の私の最大の「たくらみ」である。