私は、大学生の頃、ヨーロッパのある大学に留学していた。
留学中、ここぞとばかりにヨーロッパ旅行をしたけれど、唯一「住みたい」と思った街がオランダのアムステルダム。
私が大好きな映画「きっと、星のせいじゃない。(原作:The Fault in Our Stars)」で、アムステルダムを見て、美しい街だと思ったから。
オランダは、大麻とセックスをお金で買うことが犯罪ではない国だから、実はすごく興味があった。
デン・ハーグというオランダの別の街に留学している大学の友人がいたこともあって、せっかくなら長めに滞在して、じっくり満喫しようと、アムステルダムに5日間滞在した。

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私の留学先からは、飛行機で片道1時間。
アムステルダムの運河は想像した通り、とても美しくて、古いレンガ造りやコンクリート造りの街並みと運河の水、船、全てがマッチしていて、上手く共存していた。
ドイツ語ができる私にとって、同じゲルマン語系で少しだけ似ているオランダ語の単語には、意味を推測できるものもあって面白かった。
私はよく中東系やシンガポール系に間違われやすい顔つきのおかげか、現地に慣れている友人がいたおかげか、あまり観光客として扱われることはなく、たった5日間だけれど、住民のような感覚がした。

ここが私のアナザースカイなのかもしれない。そんな浮ついたことを思いながら、街を散歩していると、ものすごくおしゃれな植物屋さんを見つけた。
「Coffee Shop」という看板を見て、東京の青山にあるような、植物がたくさん置いてあるカフェだと思ったら、隣にいた友人が笑って、「Coffee Shopって書いてある看板のお店はコーヒーじゃなくて、大麻だからね」と。

大麻は、政府に認められたCoffee Shopであれば、規定量以内の大麻を購入することができるとのこと。あまりに当たり前にCoffee Shopがあるから、直観的に「危ない店」とも思わなかったけれど、社会全体のなかに溶け込めているのは、市民が寛大な心で受け入れているからなのかもしれないと思った。この国は柔軟性が高いのかもしれないと。

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アムステルダムのことが気になっていた理由のもう一つは、飾り窓を見たいと思ったから。
オランダのような性風俗の在り方が良いのか悪いのかはさておき、性風俗に関してオープンな環境を経験してみたかったから。
飾り窓とは、道路に面した窓が、全面ガラス張りで、室内はピンクや紫、赤などの照明で照らしていること。いわば、性的な行為を売る広告塔。
ガラス張りの窓から、セクシーなランジェリー姿の女性が、誘うように踊っていたり、椅子に座って退屈そうにたばこを吸っていたり、スマホをいじっていたりする。
同じ通りには、分かりやすく男性器の形をしたおもちゃや、性交渉に関するグッズが並べられたお店があった。決して真夜中ではなくても、夕方くらいから活性化するこの通りには、性別関係なく様々な人々がいて、「セックスをお金で買いたい男性だけが通るダークな通り」ではないことも驚きだった。
私のような女性が通り過ぎても、声をかけてくるような人や酔っ払いはいなかった。「わぁ、すごいなぁ」と。

日本の歌舞伎町はやはり立ち入りにくい雰囲気があるけれど、アムステルダムの飾り窓がある地区は、自転車に乗ってオフィスから自宅に帰るような恰好の人もいれば、観光客もいて、街の一部分として溶け込んでいて、異様だけれどすばらしいと思った。性産業が社会の汚点かのように隠そうとしていないことが。

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日本では性風俗業の立ち位置はとても曖昧な気がする。
東京の歌舞伎町など、少しダークな街に行けば、性交渉自体や、性交渉には至らなくとも性的な行為の対価としてお金をもらうビジネスが存在する。
ただ、セックスワーカーは国としての社会保障や福祉保障の対象とはなりづらかったりする。例えば、性風俗業者がコロナ給付金から除外されたことに関する裁判では、裁判所が「大多数の国民の道義観念」や「国民の理解」を理由に不支給を肯定した(朝日新聞記事「性風俗事業者はコロナ給付金の対象外 東京地裁『合理的な区別』」)。

私は、同意がないセックスには反対だし、金銭的に追い詰められて望まぬ形で性産業に従事しているケースは確かに救済すべき対象だと思うけれども、性産業自体は、むしろ国としてきちんと一つの職業として認知をし、行政が取り締まり、セックスワーカーにも社会保障を提供することで、性に関する危ない犯罪が減るのではと思う。

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私がいま、自分の性的欲求に関して、素直に、今お付き合いしているパートナーに言えるのも、実はオランダや留学先での経験がきっかけだったりする。
セックスをお金で買うことが道徳的に良いのか、悪いのかはさておき、「セックスをお金で買う」男性だけが悪いと言うのもおかしいし、女性向けの性風俗だって今はある。
女性は受け身でいてもなにも言われないけれど、男性が受け身な態度をとると、「男性らしくない」「草食系」と言われてしまうことがあることをなくしたいと思ったのも、オランダで同性カップルも、ドラッグクイーンも普通に社会に溶け込んでいることを目の当たりにしたから。

みんながみんならしく生きられる社会はかっこいい。だから、アムステルダムはまた必ず行きたい、忘れられない街。いつか住んでみよう。