あれから何度も夏が来た。
太陽に焼かれるたびに思い出すのはいつも同じこと。
坂、長袖、トランペット。
吹奏楽部の3年間が今の私に刻まれている。

◎          ◎

運動部以外。姉が経験者。いとこがすでに入部していた。以上が吹奏楽部に入った理由。
理由を挙げるまでもなく、吹奏楽部以外考えてもいなかったというのが本当のところ。
入るのが当たり前。
それ以外の選択肢は浮かびもしなかった。

選んだ楽器はトランペット。
楽器よりは、いとこから聞いたパートの雰囲気を重視した結果。
たったこれだけの中身のない理由で、私は吹奏楽部に所属し、3年間トランペットを吹き続けた。

吹奏楽部は忙しい。
土日、夏休み、冬休み関係なく練習がある。
春も夏も秋も冬も。
暑い日も寒い日も。
3年間練習に参加し続けた。

3階音楽室前の廊下。
中庭に面したその場所がトランペットの練習場所だった。
夏場は暑くて死にそうになる。
音がうるさいと近所から苦情がきてからは、冷房と暖房の効いた音楽室で練習していた。
快適すぎて最初は落差に戸惑った。

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私が夏に思い出すのはこの練習風景、ではない。
私が思い出すのはこんなハードな練習に向かうまでの道だ。
友達との待ち合わせ場所まで延びる下り坂。
景色が揺れてるんじゃないかってくらいの暑さ。

そんな中ダサい学校指定ジャージの長袖と長ズボンを着てる私。
汗だくで、だけど絶対袖を捲くらずに日陰で友達を待つ私。
私は夏、必ず長袖長ズボンだった。
どんなに暑くても。周りが半袖半ズボンでも。
理由は単純で、日焼けをしたくなかったから。

その頃の私は、もはや強迫観念と言えるくらい日焼けにこだわっていた。
家族からの「肌は白くなきゃね」に押されて。
もともと色白な訳ではない私ともともと色白な姉たち。
違いが怖くて、自分だけが劣ってるんじゃないかと思って、必死に日焼け対策をしてた。
その一つが登下校時の長袖長ズボン。
学校に着くとすぐ脱いでいた。
帰る頃に日が強ければまた着用。
こんなことを3年間繰り返していた。

「暑くないの?」「めっちゃ暑い」
こんなやり取りを何度も繰り返した。
友達からは「シャチは白いねー」と言われてたけど、家族からは「少し焼けた?」と言われるたびに恐怖を感じていた。

その後、この日焼けへの強迫観念はだんだん薄くなっていった。
「そんなに白いのに隠してどうするの!もったいない!」
友達からのこの言葉のおかげで。
あと、世間からみたら私は白い方に分類される、とわかったおかげで。
「世間」なんて曖昧なものだけど。
「家族」よりは広い。人も多い。色んな人がいる。
家族から散々否定されてた私の「白さ」を、よくわからない世間とかいうやつが肯定してくれたように感じている。

今思うと中学生の私は「白さ」がないと自分じゃない、と考えていたんだろう。
アイデンティティというか、個性というか。
家族から無意識的に強要される「白さ」に怯えつつも縋っていたのかもしれない。

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今の私は半袖でもノースリーブでもミニスカートでも履いてみせる。
汗だくでダサジャージを着た私を思い出すとちょっとおもしろい。
あんなに必死になってバカみたい。だけど愛しく思えるようになった。
あのとき私が守ったバカみたいなこと。白さへのこだわり。それは今外に出ている。私の自慢になっている。ありがとう。頑張ったね。

半袖から伸びる私の白い腕にジリジリとした太陽の熱を感じながら、夏は毎年こんなことを考える。