高校生の夏は、大学生とは違う。
普段は制服を纏って風景に溶け込めていても、夏休みは、垢抜けない高校生の私を真夏の日差しの下に引き摺り出す。
冷房の効いた図書館と高校、家を往復するのみで、夏だからといって行きたい場所は特にない。
通学は電車を使っていたものの東海道線と横須賀線は行き先が違うらしい、くらいしか知らない。
部活は化学部。実験が、試すことが好きだから。
夏休みの練習は、特にない。あるとすれば、近隣の河川の定期水質検査だ。
バイトは禁止。運転免許は特に必要ないため取る気もない。
青春や恋愛など、この世のどこにあるのかよくわからなかった。
高校3年生の夏には、天王山というものがあるらしいが、私の場合、それまでは何もしなければ、穏やかな休みの日々があるのみ。
そうして2度目の夏もそっと過ぎ去るのを待っていた。

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しかし2度目の夏前、私は理科の授業で高校生対象の科学に関する研修プログラムの存在を知った。
それは夏休み中のどこかで3泊4日、最低限の料金で全国各地の研究機関等で研究者・技術者による研修を受けることができるというプログラムだった。

その頃、私には興味のある分野があった。
ただ、その道を知る人も近くにいなければ、どんな職業につけるのかもわからないし、進路について周囲の人を説得する材料を集めあぐねていた。
そのため、そのプログラムで興味のある分野のものに行けば、みれば、人に会えば、話を聞けば、何かがわかるかもしれないと思い、参加したいと思った。
初めて一人旅ができるかもしれない、という若干の下心もありつつ。

参加したいという強い希望はあるものの、このプログラムへの参加には書類審査を通過する必要があり(申し込む側からすると倍率も何も全く情報はないが)、申し込んでも行ける確証は無かった。

だから私は、この夏に自分の参加したいという意思が、どこまで自分を連れて行ってくれるかを試した。

興味ある分野のプログラムの開催場所と内容を、調べた。
北海道、茨城などの何箇所かで開催予定とのことで、希望分野は森林関係に一賭。
参加理由書は1週間くらいかけて、授業中ノートの下で書き直した。
結果的に書類たちは無事審査を通過し、天然林で3泊4日学ぶ機会を頂くことができた。

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実習中は習いたての樹種をなんとか覚えたり、選木作業で歩き回ってブヨに刺されたり、倒木更新の迫力に感動した。
夜の時間は、あまりにも大自然の中なのでまとめ作業をする実習室中、妖精のような虫が光に集まってふわふわ漂っていたことや、作業をしながらみんなでメロンを分けて食べたりしたのはいい思い出だ。
技官の方に話を伺う機会もあり、進路についても検討を進める材料を集めることができた。

同時に、夢見ていた初めての一人旅も実現した。
実習終わりに1日程度。公共交通機関のみ、カードなし、バスを一本乗り逃すと全ての行程に影響が出る状況での旅は、車とは違い緊張感があったが、よかった。
ある区間の列車内では家族連れの海外旅行客とボックス席で同乗になり、会話して記念写真を撮ったりもした。そんなことできたんだ、私。

こうして、高校生の夏に行った実験は成功した。
私の意思は、思っていたより遠くに私を連れて行ってくれた。

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この実験の成果の一つ目は、知らなかった自分を知ることができたこと。
おしゃれでもなければ、遊びに行きたいところもない、学校行事が嫌いで、勉強も微妙で、アニメの話をして友達と絵を描いている、突き抜けたことがない、ある意味では幸福だが、全部中途半端な自分しか知らなかった。そんな自分でも、本当に好きなこと、関心のあることがあれば、思ってた以上の力が出せるかもしれないということ分かった。

二つ目は、自分の意思を示せば、物事は動くことを知ることができたこと。
誰かが機会を用意してくれていて、自分に意思があり、タイミングよく手を上げることができて、運よく気づいてもらえれば、チャンスはたまに掴ませてくれるものなのかもしれないと思うことができた。

私は空気ではなかった。

これらを実感として得られた夏があった。
だから私には、高校時代に一人で旅した、北海道の夏が刻まれている。