私のたくらみ。それは、かがみよかがみに年齢制限である30歳の誕生日を迎えるまで、エッセイを応募し続けること。
なぜ30歳になるまで、かがみすとであり続けようと思ったか。
それは何かを「長く、一途に続ける」ことに強い憧れがあるから。
私にはこれといった取り柄がない。何か得意と言えるものも、身についた能力も、長年続けているものもない。これがずっと悩み。「得意なことは?」「好きなことは?」「私といえば?」なんて質問されたら答えられない。
好きなことに関しても、その時々で答えが変わるらしい。周りからは「以前は〇〇って言ってたのに、今は△△なの?」なんて言われることがしょっちゅうある。つまり、私は何か一つのことを一途にやり遂げたり、挑戦し続けたり、夢中であり続けたいのだ。
これを初めに意識したのは、3年ほど前だった。
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大学2年目くらいに、幼稚園から高校までずっと同じ学校に通った友達と母校の中学校に遊びに行ったことがある。当時の担任だった先生に会うためだった。
久しぶりに会う先生と大学の話などで盛り上がっている時に、先生が不意に「そういえば2人は将来何になりたいの?」と質問した。
先生が担任をしていた中3の頃にも同じ質問をされたことを覚えている。進路相談の時期だったなぁ。あの時はたしか英語の先生って答えたっけ。そんなことを思い出しながら、私はあの頃とは変化した将来の夢を答えた。
一方で友達は「脚本をやりたい」と答えた。その答えを聞いて先生は「おお!お前ずっと変わらないな」と感心し、驚いた。
そう、彼女はずっと変わらない。私が知る限りだと、小学校高学年くらいから演劇のセリフを考えていたし、中学では文化祭の舞台の脚本を書き、高校の時も文化祭の舞台の脚本、演出を担当するほど。家のビデオデッキにはいくつものドラマを撮り溜め、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の完全シナリオ集を大切にしていた。大学も演劇学科に進んでいる。
そんなふうにずっと一途に演劇やドラマが好きなのだ。
彼女は迷いなくずっと自分の好きを貫いていて、目標にして追いかけている。その変わらぬ姿勢が格好良い。そんな彼女に比べて、私はあっさりと夢や目標が変わる。
その時々は本気なんだけどなぁ。長くは続かないなあ。
それが対比としてはっきりと突きつけられたような気がして、恥ずかしくなった。
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大学4年目に突入し、就活や将来を真剣に考えないといけない時期になってからは、もっと意識し出すようになった。
海の生物が好きな友達は、その夢を真っ直ぐに追いかけて今年、水族館の飼育員さんになった。大学時代もずっと水族館ボランティアやダイビングサークルに参加していたし、本当に海や海の生物が好きなのはみんな知っていた。
物理系の学部を卒業した友達は、ずっとお笑いが好きで、今年から芸人としての道を歩み始めた。
私の7歳年下の妹は、今年でダンス歴10年。こんなにも長く続けているのに、今まで一度もダンスが嫌になったり、他のことに熱が移ったりしていない。むしろ年々好き度が増していて、将来はダンスに関わることをすると決めているらしい。我が妹ながら、本当に尊敬する。
周りが皆こうってわけではないし、必ずしも好きなことを職業にすることがベストだとは思わない。けれど上記のような友達や妹の、何か一つの“好き”を突きつめて追いかける姿が、私の目にはより鮮明に、憧れて見える。
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そうじゃない私はずっと悩んできたけど、やっと今心からやりたいと思えることに出会った。かがみすととしてエッセイを書くことだ。
去年、たまたま開いたfacebookで見つけた、テーマ「父に実は伝えたいこと」のエッセイを募る広告。そこから1年間は続けられている。
今までみたいに別のことに興味が移るかもしれないとか、大して文章力もないのにエッセイを投稿していいんだろうか、なんて不安に思う時もある。でも、まあ今はとにかく自分の書きたいように書けたらそれでいい。そして、あわよくばそれが30歳まで続いてくれたらなぁ、なんてゆるく考えている。
現在23歳。7年後の誕生日を迎えるまでって考えるとかなり長い期間に感じるが、果たして私のたくらみは叶うのだろうか。