大学3年生の1月のとある木曜日。その日は、バイト前の数時間を原宿のラフォーレ前の交差点を望めるとっておきのスタバで過ごすことにした。明日提出締め切りの課題を、まだ終えられていなかったからだ。
ここのスタバは私のお気に入りで、店舗限定メニュー目当てに立ち寄ることがよくあった。その日選んだ黒のミニスカートに白いケーブルニットが、表参道と原宿の丁度狭間であるここの雰囲気に馴染んでいるか、お手洗いで確認して席に戻ろうとしたその時だった。
“Do you think this seat is available?”
急に聞こえてきた英語に振り返ると、ヒールで170センチを超えた私の身長よりも優に高い男性と目があった。
優しいブラウンの瞳で私のことを見ている。彼の指差している席は私の隣の席で、そこには「RESERVED 予約席」の白い札が立っていた。
“I don’t think so. It’s written RESERVED.”
しどろもどろと、それでも必死に彼の目を見て答えた。
“OK.”
彼はそれだけ言って去っていった。
物凄い冷や汗。そしてじわじわ込み上げてくる達成感。やった!英語が通じたぞ!!
原宿という土地柄、バイト先でも英語を使う機会はあったものの、予測していなかったその場勝負での会話が成立する喜びは大きい。ニヤニヤしながら席に着き、イヤホンを耳に入れて教育原理の教科書を開いた。
程なくして、隣のRESERVED席に人が座った気配を感じた。さりげなく教科書類を反対方向に寄せて、隣の人に気使う素振りを見せた。
……やけに視線を感じる。ちらっと視線を隣に向けると、またあの優しいブラウンの瞳と目が合った。
オーマイガー。これがこの後6年間続いた彼との関係の始まりである。
◎ ◎
今はもう、あの時身につけていた洋服はクローゼットになく、勉強していた教育原理の内容も消えつつある。
あの日、一度バイトのために解散し、そして5時間後に再会した。あのスタバに行く第一目的であった締め切り直前の課題は、もう脳内にはなかった。
その結果として得たこの恋愛は、一般的に言う、愛し愛されるものではなかった。彼の周りには他の女性たちの影があり、私はその中の一人にすぎなかった。
でも、本当は胸を張って彼を友人みんなに自慢したかった。こんなにも素敵で優しくて、世界を見せてくれる人はいないんだと。次の恋愛に向かっている今でも心からそう思う。
もう彼に愛の言葉を伝えることはないだろうが、感謝の念でいっぱいなのだ。
◎ ◎
この夏、私が出会ってから8回目の彼のバースデーを迎えた。会わなくなってからも、欠かさずテキストを送っていたが、今年はそのメッセージに感謝の気持ちを添えた。彼が現在どこにいるのか分からないため、世界中のどこにいても誕生日当日に読める時間帯で送信ボタンを押した。翌日届いた返信の最後の一行に笑みが浮かぶ。
“I’m so happy that you are in my life.” (僕の人生に君がいてくれて嬉しい)
きっと、私たちはI love youよりもThank youを言うほうが多くなりそうだね。恋愛感情がなくなっても、愛情は常にあなたに捧げるよ。本当にありがとう。