「今日は泣かないんだね」
最後の電話で、あなたはそう言った。
「私は強いからね」
震えそうな声を必死に抑えて、私は答えた。

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あなたとのお付き合いは7ヶ月間。
出会いは友達の紹介だった。
人前で話すのが苦手というあなた。LINEや電話で少しずつお互いのことを知って、一緒に居る時間がとても楽しくて、付き合うことを決めた。

一つ特記しておきたいのは、彼はお寺の住職だった。
とは言っても、彼は丸坊主ではないし、デートは至って他のカップルと変わらず、私は特に重く受け止めていなかった。彼の人柄に惹かれて、好きだから一緒に居たいと思って、付き合った。何もおかしな所はない……と思っていた。

付き合ってから1ヶ月ほど経った頃に彼から言われた一言。「僕たちは結婚前提で付き合ってるんだよね?」
住職として、若くしてご実家のお寺を継いだ彼は、一刻も早くお嫁さんを探して結婚することを迫られていた。私はまさに結婚適齢期で、できれば早く結婚したい……はずだった。

この一言を言われた時、私は「うん」と言えなかった。お寺に嫁ぐって、きっととんでもなく大変なこと。付き合って1ヶ月でそんな重大な決断はできなかった。しかも、お寺に入るということは、私の大好きな海外旅行やお出かけには一切行けなくなる。
彼と結婚するのがどういうことなのか、全く想像できなかった。

その後も私たちはお付き合いを続けた。彼は私の泣き虫な性格をよく分かってくれて、不器用ながらもすごく私のことを大切にしてくれた。一方で、それぞれ親とは結婚のことで喧嘩が絶えなかった。
親は、お互い相手が違うと分かっていたのだろう。言い合いになってはその場をやり過ごして、私たちは付き合い続けた。

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半年を過ぎた頃、いよいよ親へのごまかしがきかなくなって、本当に結婚するのかどうか決断を迫られた。
彼とは何度も話し合った。私はなんとなく、「彼と別れる選択肢はないから、それなら結婚するしかない」と思い始めていた。でも同時に、「これは好き嫌いの問題ではなくご縁とタイミング。別れの時は一切抵抗しない」とも心に決めていた。

そして運命の日。彼から「少し話せない?」とのLINE。電話することはよくあったからごく普通のことなんだけど、なぜか私はその日の晩御飯が全く喉を通らなかった。

私たちは普通に話し始めた。「思ったより元気そうでよかった」って言ったら「元気じゃないよ」って。本当は、お寺のことがなければ、彼は好きな人と好きなタイミングで結婚したいと思っていた。古い慣習にとらわれることなく自由な発想を取り入れていきたいって言っていた。そんな彼とならやっていけるかもって密かに思っていた。

でも、それ以上に彼にのしかかる重圧は大きかった。やっぱり簡単には変えられないのが現実だった。彼は、「覚悟を決めている」と言った。私も、その時が来たら一切抵抗しないと決めていた。「今までありがとう」と答えた。

彼の覚悟は、結婚することで私に窮屈な思いをさせたくないという深い愛情の表れでもあった。彼が覚悟を決めていなければ、きっと私は流されるままに結婚して、自分の好きなものを一生我慢することになっていたかもしれない。彼は私の人生も考えて覚悟を決めてくれた。本当に、優しくて強くて、大好きな彼氏だった。

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実は私がずっと涙を堪えながら話をしていたこと、自分から振っておきながら未練を断ち切れないあなたのためにわざとそっけない態度をとったこと、電話を切った後わんわん声を上げて泣いたこと。
あなたを思って泣いた私の涙を、あなたは知らない。それでいい。私とあなたの将来のために、あなたの前では、私は泣かなかった。
大丈夫。今度は、涙を見せても幸せになれる人と出会えますように。