2016年夏、私は浮かれていた。
新入社員にもボーナスを出してくれた会社、シフト制だが平日なら連休も取れた。
そこそこ貯金もできているし、欲しかったバッグは初任給で購入した。
近くの行きたい観光地はだいたい制覇した。
なら次は?男でしょ!(笑)
旅行がしたい、海鮮が食べたい、彼氏が欲しい、欲の塊だった21歳は友人を早速旅行に誘った。

◎          ◎

羽田空港から飛行機に乗り1時間半程。
「ついた〜。……妖怪!?」
そう、まだここは縁結びの神様よりも水木しげるの妖怪が幅を利かせているところ。
私たちは『米子鬼太郎空港』に到着した。行先は出雲大社!
「山陰地方ってだけで妖怪でもご利益ありそう!」
初めての島根県にテンションが上がっていた私たちは、とにかく写真を撮った。
松江城や八重垣神社を観光した後、ホテルでは『海鮮料理』を満喫。

「明日は『出雲縁結び空港』発だからゆっくり観光しよう!」
「そうだね!チケット管理ありがとう!」
少しでも神様に可愛い顔を見てもらおうと気合が入っていた私たちは、悪あがきのフェイスパックをして早々に眠りについた。
……はずだった。
夜中に目を覚ました私は異変に気付く。
少しだけ、おへそのあたりが痛い。
でも歩けないほどじゃないし、今日は出雲大社だし!トイレに行けば治る、そう思った私は二度寝をした。

◎          ◎

「いよいよだね~!」
松江市内から一畑電鉄に乗りこみ、今回の旅行の目的地へ。
夏の日差しを浴びて輝く宍道湖、平屋建てで瓦屋根の小さな駅舎、乗車率の低い車内。
美しい出雲路の風景が車窓を飛んでいく。
が、私はそれどころではなかった。
お腹が痛い!
車内はクーラーが効いていて涼しかったのにも関わらず、私は脂汗をかいていた。関東ならばトイレがついている通勤電車もあるし、10分ほど待てば次の電車が来る。
でもここは地方のローカル列車。
途中下車なんかしたら次の電車は1時間後だし、友人を待たせるのも申し訳ない。何よりここまで来たからには何としても出雲大社に行きたい……!
「すごい汗かいてるけど体調悪い?」
「大丈夫大丈夫!」
私は何とか笑顔を作った。

「ねぇ、本当に大丈夫?」
「実はお腹痛くて……、でも平気だよ!」
到着した出雲大社前駅でも蕎麦屋でも土産屋でもトイレに寄ったが何も出ない。それなのに痛みは増していくばかりで、体をまっすぐにして立っているのも辛い。
昨日の海鮮……、やりやがったな!(検査の結果、疲れから来た胃腸炎でした。あの時の魚たち、ごめんなさい)
隣で友人がイケメンの彼氏ゲットを祈る間、私はただひたすらにこの激痛の終焉を願っていた。
神様だって、ここまで来てそれ願う?とお思いだっただろう。
参拝を終え鳥居をくぐった直後、私は力尽きた。

◎          ◎

「帰りは『出雲縁結び空港』から飛行機です」
「そっか、少し遠いから早く元気になるといいけど……」
目が覚めると右腕に点滴が刺さっていた。
「あ!はるちゃん大丈夫!?」
「ごめん、せっかくきたのに……」
一向に良くならない腹痛と共に、友人に平謝りする。
「起きた?ちょっといい?」
ナースコールを押す前に看護師さんが不安そうな顔で近づいてくる。
「調べたんやけど、この時間『縁結び空港』から羽田に飛ぶ便は無いんよ。鬼太郎空港からならあるけど、もう間に合う電車がなくて……」
友人と2人、顔を見合わせる。
「はるちゃん、飛行機のチケット見せてね?」
友人が私のカバンを慌てて漁る。

米子鬼太郎空港→羽田空港

旅行先でお腹を壊した挙句、私は帰りの空港まで間違えていたのだ。
「○○ちゃん、大丈夫?」
よく言えたもんである。

◎          ◎

ありがたいことにその病院の医師が空港まで車を出してくださり、私たちは飛行機に無事搭乗できた。
友人からも絶交されずに済んだ。
そしてなんと……結婚もできた!
腹痛止まれしか願っていなかったのに、とんでもないご利益である。
人々の優しさと神様の恩恵により、「出雲」は私にとって忘れられない街になった。
最後に1つ欲を言うなら……あの腹痛を忘れさせてください(笑)。