夏のボーナスが支給された。ボーナス支給日の次の日から、後輩の男の子は直属の上司や総務、役員と話をする機会が増えた。「辞めるのかな」と直感した。
しかし、そんな訳はないと思い直した。私たちは会社に不満を抱いていた者同士で、辞める時は事前に声を掛ける約束をしていたのだ。
だが、ある日の夕方、彼を数人の社員が囲み、話をしていた。「明日が最終日じゃないよね」と胸騒ぎがした。夜、彼に連絡すると「明日の朝礼で言います」と一言だけ返信が来た。
次の日、朝礼では彼は何も発言しなかった。だが、昼過ぎから、彼の周りにはまた社員が集まった。14時半になるとついに、彼から一斉メールで退職の挨拶が届いた。先に報告してくれると思ったのに。急な別れに、鼻の奥がツンとした。前日の夜や朝の通勤時も涙を流したが、涙は枯れていなかった。
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私は1週間前から嫌な予感がして、後悔の無いように、タイミングを見計らって告白しようと決めていた。最終日、運良く「あなたが好きだから、いなくなるのは寂しい」と直接告白できた。
前日にメールでも伝えていたので驚いてはいなかったが、明確な返事はなかった。代わりに「他の社員さんがいるから、きっと大丈夫です。1週間もしたら、慣れますよ」と言われた。咄嗟に「ひどい。好きな人にそんなことを言われる身にもなってよ」と言い返した。彼は笑った。
私のことは「話しやすいお姉さん」としか思っていないこと、最後に想いが伝わったことは理解できた。満足だった。終業時間間際、彼が社員一人一人に挨拶回りをし、私の所にもやって来た。この場で泣いては、彼にも周囲にも迷惑が掛かる。必死に涙を堪えた。
次の日は休日で、会社の後輩の女の子と遊んだ。失恋話をするつもりはなかった。だが、彼女から衝撃の事実を伝えられた。
「実は1ヶ月前から、彼が辞めようとしているのを知っていました。最近は趣味や会社の愚痴などを中心に、毎日連絡を取っています。彼は、どういう気持ちなんでしょうか」
恋に決まってるじゃん。涙があふれそうになった。
「彼はあなたが好きなんだよ。私は彼がずっと好きで、昨日告白したけど振られた。きっと、あなたのことしか見ていないんだよ」
余計な一言だ。案の定、彼女を混乱させてしまった。私は2人共が大好きだ。応援したいし、隠し事をするのは彼女に対して失礼だと思った上での発言だった。
既に彼は、彼女を食事に誘っていた。双方同意の上で、初回から2人きりで行くという。彼は周りの目を気にして、男女2人きりで出掛けることは避ける性格だ。その彼が、有給消化期間に入った途端に、デートの解禁。最後の1ヶ月間、彼らが仕事終わりに小1時間話し込む姿や、彼の机に毎朝お菓子が置いてあったのを目撃していた。女の勘は働くものだ。
恋愛経験の浅い彼女は、男性心理が分からずに困っていたが、側から見たら両思いである。私と彼との約束が破られたのは、彼が彼女に心を許し、恋に落ちたからだ。
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帰宅後、1人になって頭の中を整理した。1日中、彼女から彼の話を聞かされすぎて、涙は出なかった。
振られたことは、もうどうでもいい。順調にいけば、彼から彼女に告白し、正式に付き合うことになるだろう。 帰り際に彼女から言われた「先輩が気にしないのであれば、共通の知人として、今後も相談させて下さい」との言葉。その場では「もちろん、良いよ」と言ったものの、当時はまだ胸の傷が癒えてはいなかった。最も成立してほしくないカップルの組み合わせだったからだ。
先輩で、教育係という立場上、そしてプライドが邪魔をし、私は泣かなかった。いつか、彼よりも素敵な男性に出会い、この2人よりも幸せになってやる。内面、外見ともに、磨きをかけよう。強くなろう。
そう私は決心した。