人生で、何度かニアミスしている友達がいる。
私は彼女のことを友達だと思っているけれど、彼女が私をどう思っているかはわからない。
仮に彼女を「海ちゃん」と呼ぶことにする。

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海ちゃんと私は、同じ保育園に通っていた。
正直、自分では当時のことをあまり覚えていないのだけれど、母親からは「あなた、ずっと海ちゃんの真似をしていたんだよ」と聞かされた。幼い私は、海ちゃんの口癖や遊び方を真似して、ずっと後を追っていたらしい。
海ちゃんは色が白くてまつ毛が濃くて、上品な顔立ちの女の子だった。自分のことを「わたし」と呼ぶところが大人っぽくて、高貴な育ちのお姫さまみたい、と単純な連想で海ちゃんに憧れていたように思う。
しかし、私が海ちゃんのことを忘れられない理由は他にあった。

保育園での和太鼓の発表会で、先生に名前を呼ばれたら立ち上がって「はい」と返事をする、という場面があった。
次々にみんなが名前を呼ばれて返事をしていく中、私もみんなと同じように立ち上がって「はい」と声を張った。
そして、先生が海ちゃんの名前を呼んだ瞬間。
海ちゃんは、目の前の太鼓をドン!カッ!と叩き、誰よりも大きい声で「はい!」と返事した。
呆気に取られた私は、発表会が終わった後で「なんであんなことしたの?」と海ちゃんに聞いた。海ちゃんは、「みんなと同じことしてもつまらないでしょ」と涼しい顔で言っていた。眩しかった。
みんなと違うことを恐れない、孤高のお姫さまのようだった海ちゃんとは小学校が離れ、その後6年間、会うことはなかった。

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海ちゃんと再会したのは、中学校に上がってからだった。
中学校で演劇部に入った私は、他の学校との合同発表会のプログラムに海ちゃんの名前を見つけた。同じ地域の別の中学校に進学した海ちゃんも、演劇部に入部していたのだ。
びっくりしたと同時に、昔、海ちゃんが「将来は女優さんになりたい」と言っていたことを思い出した。
無意識のうちに、憧れの海ちゃんと同じ道を選んでいた自分にも驚いた。

発表会ではほとんど話す機会がなかったけれど、舞台の上で、海ちゃんはお姫さま役を演じていた。ゲームの世界を描いたコメディ仕立ての劇の中で、ドレスを纏って自由に動き回る海ちゃんは、まぎれもなく本物のお姫さまに見えた。
ほどなくして、海ちゃんが転校したことを風の噂で知った。
理由はわからなかったけれど、北の地域に引っ越して、特別なカリキュラムの学校に入ったらしいと聞いた。

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その後、海ちゃんと再会したのは、いずれもネット上でのことだった。
一度目は、地域に根差した映画製作についての記事を読んでいた時。学生でありながら映画の制作スタッフとして活躍する彼女の姿を見つけた。若いのに熱意があり、仕事もできる素晴らしい人材だと言及されているのを読んで、当時なぜか私も誇らしい気持ちになった。

二度目は数年前、海ちゃんの消息が気になってSNS上で検索をかけた時。明らかに海ちゃんと思われる顔写真と本名が載ったそのアカウントには、私の出身大学の名前が書かれていた。
海ちゃんが地元に帰っていたことも、私と同じ大学に通っていたことも全く知らなかった。高校から大学進学までの間にブランクがあったようで、でも大学はもう卒業しており、現在は地元の大学院で芸術学を学んでいるらしかった。

私はずっと海ちゃんに憧れて、心の中で追いかけていたけれど、海ちゃんが私をどう思っているかは未だにわからない。
連絡先も知らないし、SNSも繋がっていないけれど、芸術に携わっている限り、またどこかで彼女と出会えるような気がするのだ。
再会できたら何を話そうかと思いを巡らせながら、私は今も彼女の面影を探している。