大学に入学して初めての後期授業、学年や学科を問わずに履修できる授業で仲良くなった先輩がいた。
ソール部分が真っ赤なハイヒールで有名なクリスチャン・ルブタンのパンプスを履き、蛇の頭がモチーフになったブルガリのバッグで登校する彼女。
その名も「おこめ先輩」。私より3学年上の先輩だ。パッチリした目鼻立ちで、少しふっくらした体型。ほんわかした雰囲気でおっとりした口調。
男女問わずに面食いな私はすぐに「この先輩と仲良くなりたい!」と思い、毎週の授業で人懐っこく距離を縮めていき、登校途中に見かけると「リサちゃーん!」と声を掛けてくれて一緒に登校するほどの仲にまでなれた。
キャンパスまでの石畳の登り坂で、おこめ先輩のルブタンのピンヒールが石畳の間に挟まり立往生してしまったのも懐かしい。
そんなおこめ先輩の口癖は「単位が足りなーい」。
彼女は高級なパンプスとバッグ、いつも素敵なワンピースに身を包んでいてそのお金の出どころは常々気になっていた。
どうやらおこめ先輩は、お金持ちのおじ様の“愛人”をしていたようだった。
そのおじ様の出張やバカンスに同行するのに忙しく、たまたま仲良くなった授業の曜日くらいしか登校していないとのことだった。
◎ ◎
ある時、おこめ先輩から六本木ヒルズの高層階で行われるパーティーに行かないかと誘いを受けた。
九州から大学進学で上京した私は「六本木ヒルズ」「パーティー」という、なんともまばゆいワードに心惹かれたのだ。
気付いたら迷うことなく「ぜひついていきたいです!」と口走っていた。
パーティー当日、めかしこんだこともない芋っ子な私は、とりあえず高校時代に買っていたアイスブルーの一張羅ワンピースに黒の細めのベルトを巻き、髪型は「清楚と言えばハーフアップ」という安直な発想で髪を束ねて行った。
初めて降り立つ六本木の駅で、待ち合わせをしていたおこめ先輩と合流。
いつものようなキラキラした微笑みで出迎えてくれて少し安心したのを覚えている。
六本木ヒルズにつくと大きなエントランスを通り抜け、大きなエレベーターに乗り込み、パーティー会場がある高層階へと向かった。
エレベーターが上に上がるに連れ、私の心拍数も上がっていく。
到着すると拍子抜けしてしまうような、ひょろっとした50代くらいの髭面の男性が出迎えた。どうやらこの人が主催者で、おこめ先輩とは顔見知りのようだった。
◎ ◎
テーブル席には嘘か誠か、ファッション誌を手掛けているというクロムハーツで身を固めたおじ様や、口数が少ないお医者さんなど、「お金持ってるおじさんなんだろうな」という方々がお酒片手におつまみを食べながら、六本木ヒルズの高層階から夜景を見下ろしていた。
そのテーブルと反対側を見ると、おこめ先輩のような容姿端麗な素敵なお姉様同士が、ワイングラス片手ににこやかに語らっていた。
今思うと何が目的なのかよく分からないパーティーだったが、“いかにも”なおじ様とお姉様をマッチングさせるような会だったように振り返る。
またフラフラと主催者のおじさんがおこめ先輩と私たちのところに来た。
「赤ワインか水しかないけど、どっち飲むー?」
私以外はお酒が好きなお姉様ばかりで、ほとんどの人が赤ワインを選択。
「私は水で……」と緊張で震えた声で伝えた。
「ワイングラスに水が注がれるのは何でだろうな」と思いながら一口飲んでみると、まさかの白ワインだったのだ。
「え!?」と驚く私にクロムハーツで身を固めたおじ様は「あー、六本木の水は白ワインなんだよ」とおどけた様子で笑っていた。
「はぁ……。水……」
とりあえずおじ様のワードを繰り返すしか出来ないくらいに呆気に取られていた。
その頃、おこめ先輩は赤ワイン片手に他のおじ様と談笑していた。
さすがお金持ちのおじ様の“愛人”さん、芋っ子の私からすると彼女からは大人の余裕を感じた。
◎ ◎
終電が来る頃に、おこめ先輩と私たち数名は会場をあとにした。
せっかくおこめ先輩にお誘いいただいたパーティーで「『六本木の水は白ワイン』って言われてビックリしました!」なんて感想は伝えられず、終始冷静を装っていた私。
あれ以来、深夜の六本木の街に繰り出さなくなった。
「六本木の水は白ワイン」
とてもキャッチーな言葉だが、芋っ子な私にはまだまだ早かったな。
白ワインのようなほろ苦い思い出だ。