忘れられない女性がいる。名前も素性も知らないが、今でも憧れ続けている女性だ。

それはとあるレストランでの出来事。見るからに華やかで目を引くカップルが、斜め前の席で向かい合って食事をしていた。

憧れの人は、白いドレスを着て美しい黒髪をふわっと後ろでまとめた女性

女性は夏らしいコットン素材の白いロングドレスに、美しい黒髪をふわっと後ろでまとめるというスタイル。そのモノトーンのコントラストは、彼女の最も自然で計算尽くされた定番の魅せ方なのだろう。ブランドのシグネチャーこそ見えないが、きっと値の張るドレスに違いない。

そこに、赤ワインのサーブでウェイターがテーブルに着いた。ここで想像し得る最悪の展開が起きた。そう、ウェイターが彼女の白いドレスに赤ワインを引っ掛けてしまったのだ。
ウェイターの顔は真っ青。異変に気付いたマネージャーらしきスーツ姿の男性が瞬時に現れて、言葉丁寧に深々と頭を下げて謝罪。ウェイターは泣きそうな顔で延々と頭を下げ続けている。

それまで女性は笑顔で「大丈夫です」と受け応えていたが、ふと、こっそり耳打ちをするような仕草で2人にこう言った。「実は、彼にねだろうと思っていた服があるんです。でも、誕生日もクリスマスもまだまだだったからどうしようかなって思っていたの。これで口実になりそうです。だから何も気にしないでください」。ウェイターがその悪戯っ子のような笑顔に救われたのは言うまでもない。
私は、彼女と一緒にいた彼の誇らしい顔を見て思った。そうか、これが見せ方を分かっている人なんだ。

見られ方にこだわる時代、置いてきぼりにされがちなのが内面の美しさ

SNSで惜しげもなく個を露出できる現代では、人からどう見られるか異常なほどにこだわる。イエベやブルベを始めとするカラー診断や骨格診断……自分を知りたいはずなのに、今度は隠すように加工アプリを駆使する。矛盾なのか反発なのかは分からないが、皆見せ方に悩んでいる。
そこで置いてきぼりにされがちなのが内面の美しさ。確かに一瞬一瞬を切り取るだけのSNSでは、内面美は必要ないのかもしれない。でも、内面美は外面美に直結しているのは明らかだ。

もしかしたら、あの彼女が着ていたドレスはZARAだっかもしれない。あの欲しい服があるという話も嘘だったのかもしれない。それでも彼女がD&Gのドレスに身を包んで見えたのは、あのユーモアのある即興の会話術と、内面から溢れ出た思いやりが生んだ錯覚のせいなのかもしれない。

正直、彼女がどうしてあんなに魅力的に私の目に映ったのかを文字に換えることは難しい。それでも忘れられないのは、一目惚れのように憧れたからだった。
あの一緒にいた男性の照れるようで誇らしげな表情。あんなにも言葉だけで周りを幸せにするのかと感嘆してしまった。

名前も知らない彼女に教えてもらったのは、「内面美の大切さ」

でも、だからといってどうしたら彼女みたいになれるのか検討もつかなかった。真っ白なコットンドレスを365日着ていても、急なハプニングが起こった時、とっさに彼女のような切り返しが出来るとは思えない。
そもそも真っ白なドレスは私に似合わない。クローゼットは、黒ばかりじゃないか。私にしっくりくる白色のドレスを探しているうちに、憧れは憧れのままで終わってしまう気がした。

違う違う、そうじゃない。名前も知らない彼女に教えてもらったのは、内面美の大切さ。たとえあの日に彼女が着ていたのが白ではなく黒であっても、私は同じ印象を受けただろう。そう、私が美しいと思ったのは、ふと垣間見えた彼女の内側の色ーーー、つまりカラフルなハートだ。
あの時をたとえるのなら、選び抜かれた言葉は桜の様な淡いピンク色。そして、少し悪戯っ子のように彼に視線を向けなた微笑みは、芍薬の様なフューシャピンク。

もし一緒に食事をしていたのが友人であれば、また違う色を見せたのだろう。自由自在にそのカラフルな心の引き出しを開けて、その場にベストな言葉を残す。
だから私のクローゼットの色を変える必要はない。今は心に色を増やすことを目指している。
そのためには沢山の色を知らなければならないから、多くを経験するようにしている。私がそうであったように、いつか名も知れぬ少女の目を奪う様な、そんな女性になるために。