祖父が死んだ日、私は仕事が休みで祖母とカフェに行った。
看病で疲れているであろう祖母を連れ出すために、パンケーキを食べたいとか言って。
2人の馴れ初めとか初デートの場所とか、デートのときは必ず送り迎えをしてくれたとか、そんな話をたくさんした。
照れたように笑う祖母を見て嬉しかった。

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夕方頃、祖父母宅に戻ったとき、祖父は介護用ベッドで静かに寝ていた。
死んでいるみたいだったけど、その時はまだ生きていた。
姉が子供を連れて帰ってきている。
私は手伝うために早めに家に帰った。
いつものように祖父の熱い手に触れてから。
まさかその日に死ぬとは思ってなかった。
知っていたら留まっている、当たり前だ。
何もできずに震えていただろうけど。

祖父母宅から戻って数時間後。
私はパソコンで勉強をしていた。
姪と甥はお昼寝の時間。
向かいに座る姉の携帯がなった。父からだ。
「おじいちゃんの容態が急変した。すぐ来い」
短い要件を告げ、電話は切れた。
私はすぐに出る準備をして、もう1人の姉を車で迎えに行った。
スピードを出した荒い運転なので、助手席に座る姉からはたびたび「危ない危ない」と言われる。
私は妙に集中していたので絶対事故らない自信があった。
運転に集中しないと祖父の死が襲いかかってきて、なにも考えられなくなる気がして。

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祖父母の家に着くと、近所の親戚はほとんど揃っていた。
みんな泣いていて、あ、もう終わったんだ、と分かった。
祖父の側には寄れなかった。
近寄っちゃいけない気がして。
父も母も、いとこも泣いてた。
でも私は涙が出なかった。出る気配すらしなかった。
祖父が死んだと信じられなくて。
そのうちひょっこり起き出しそうで。

家に帰ってからも涙は出なかった。
お葬式は2日後。
わかってはいたけど他人事だった。
もしかしたら夢に出てきてくれるかも、と思ったけど祖父は祖母のところに行っていたらしい。
私の夢には来なかった。

お葬式当日。
入り口に設置された祖父の写真たちを見て、2番目の姉が泣いた。
迎えに行ったあの日から私と同じく泣いていなかった姉が泣いた。
でも私は涙が出なかった。
姉妹で祖父に手紙を書いた。
祖父からしたらひ孫にあたる私の姪と甥も拙い絵を描いた。
たくさんの思い出が頭を駆け巡ったけれど、やっぱり実感がわかなくて泣かなかった。

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お葬式はつつがなく終わり、火葬場に到着した。
初めて火葬場を見た。
白くて四角い建物。
煙突からは煙が出ていて、あぁ、亡くなった人はあの煙突から出てくるのか、なんて思った。
祖父の番になった。
釘でしっかりと閉じられた棺が火葬場に入れられていく。
その時、私は祖父とはもう会えないことを唐突に理解した。
二度と話せないこと、祖父のつまみをこっそり食べること、「またねー」を言う相手がいなくなったこと。
全部を理解したとき、祖父が入った火葬場はバタンと音を立てて閉められた。
その瞬間になってようやく私は声を上げて泣いた。

祖父がいなくなったことを理解できなくて泣かなかった。
だから私は祖父がいなくなったことを理解できて泣いた。
火葬場の外に出て振り返ると、骨と灰になった祖父の煙が煙突から出ていて、また少し涙が出た。