夏、カラッと暑い北海道の八月。お盆参りのために実家に帰って、夏野菜が実りつつある畑の側を歩き、豊かな土の香りを胸いっぱいに吸い込む。
すると瞼の裏に見えてくる目の前の光景は、あたたかくて優しくて、暑くて冷たい夏の記憶。私の、大切な思い出。

共働きの両親に代わり、面倒を見てくれていた祖父母が大好きだった

小学生の頃、共働きの両親の代わりに面倒を見てくれていた祖父母。学校から帰ってくると、同じ敷地に建つ祖父母宅へ直行していた。
お腹を空かせて帰る私に祖母はきな粉餅を作ってくれ、祖父とは相撲をよく観ていた。テレビの前に椅子を置いて、何を言うわけでもなく、ただ楽しそうな表情を浮かべてテレビを見つめる祖父。私は祖父が大好きだった。だから、祖父が好きな相撲も好きだった。

祖父が行くなら自転車で街に買い物に着いて行ったし、ごみ拾いのボランティアもした。五目並べをして、雪はねも手伝った。本当に、祖父の後ろを着いて回る子供だった。
祖母は、とても可愛らしいひとだった。腰が曲がって歩きづらそうだったが、大正琴や御詠歌、旅行など、趣味の多い人だった。キラキラと笑う祖母は優しく、オシャレを忘れない素敵な女性。そんな祖母のことも、本当に大好きでたまらなかった。

休みの日、祖父母の朝はいつも変わらず早く、私も起きれば支度もそこそこに、直ぐに外に出ていた。
照りつける日差しに汗を流しながら、畑を耕し、石を拾い、雑草を抜く。ぽつりぽつりと飛び交う会話に耳を傾けて、ときに寄ってくる猫と戯れつつ、手伝いとも言えない手伝いをする。軍手もどろどろに黒く汚れ、食べ頃のトマトはとっくに採り切ってしまったことにため息を吐く。うちには実ったキュウリを齧り取る摩訶不思議なでぶ猫がいるから、あまり採れたてのキュウリは食べられない。
おじいちゃん、まだかな。おばあちゃん、もう暑いんじゃない?心の中で呼びかけつつ、土遊びをして暇をつぶす。飽き性な私は長いこと畑仕事は出来なかった。

待ち望んでいた時間。縁側に座り、3人で食べる硬いソフトクリーム

「一服しようか」
心から待ち望んでいた祖父の言葉に、私は待ってましたと言わんばかりに祖母の手を引いて倉庫へ行く。D型倉庫と呼ばれる広い倉庫は、冬の除雪用のタイヤショベルや父のバイクや車が入っており、私の遊び場のひとつでもあった。

そんな倉庫の中にあるストッカーを開けて、中を覗く。母がパート先のコンビニで大量に買ってくるアイス。硬いソフトクリームにシャーベットアイス、モナカにカップアイス。そこから3つを選び、日陰で休む祖父の元へ急ぐ。祖父と私はソフトクリーム、祖母はチョコの挟まったモナカアイスが定番だった。

祖父母宅の家の縁側に座りながら、3人で食べる硬いソフトクリーム。祖母と並んで、足をプラプラさせアイスに夢中になる。
ちら、と隣を見れば、ゆっくりのんびり食べる祖母。前を見れば、鍬を杖のようにして立ち、美味しそうに食べる祖父。その足元には、キジトラのでぶ猫が寝転んでいる。

でぶ猫め、キュウリは食べてないだろうな?とつついても、虫でも止まったかのような余裕の素振りがむかついて、わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でてやる。それでも反応を見せないそいつは、それでも私の仲良しな友達であった。

もう観ることの叶わない光景は、土の香りさえあれば私の目の前に

ソフトクリームを食べながら、軍手をはめていても手に移る土の匂いを嗅ぐ。土の匂いは嫌いじゃない。寧ろ、落ち着きさえするその香り。気がつけば膝や腕にも茶色が付いていて、いつ付いたのかと首を傾げる。
気を取り直してソフトクリームのコーンをひと齧りする。ふにゃりと柔らかいコーンは、お店で食べる柔らかいソフトクリームとは正反対だが、これもこれで美味しかった。

コーンの香ばしさとアイスの甘さを感じながら、遠くに聴こえるトラクターの音に耳を済ませる。だれだれさんの畑だべか、と祖父母が話す。私は大人の会話をよく聞く子供であった。
ふと隣に座ったスレンダーな黒猫が澄まして毛繕いをする。可愛いね、と首の下を撫でてやると、たちまち響くゴロゴロと甘い音。

青く広がる空。服のあちこちに付いた土の匂い。祖父母の笑顔。
もう観ることの叶わない光景は、普段は眩しい光に包まれていても、土の香りさえあれば、いつでも、私の目の前に。