雪が積もり、しんしんと静かな夜、福井駅を彷徨いながら、Dr.Martensを履いて来て良かったと心から思った。

時をかなり遡るが、私が上京したのは10年前。
セーラー服を着て、1人で飛行機に乗ったあの日のことを鮮明に覚えている。
あの日の自分には確かな夢があり、ただそれに向けて走るだけだった。
ただ、1年、また1年と、走っているうちに、気がついたら25歳、自分の行きたかった場所とは180度違うところに居ることに絶望してしまった。

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幼い頃から音楽をやっていて、ここで続けても何者にもなれないと思った15歳。
決まったレールにはのらず、自分のやりたい音楽をやろうと決めた18歳。
それでも無理だと思った20歳。
無理なら無理なりに、違うことで何者かになりたかった。
写真を撮り続けたり、雑誌の編集部で働いたり、話せば長いが色んなことをした。
だが、お金も常識もなく、気がついたら営業マンとして、ダイアナのパンプスを履いて走り回り、部署のおじさんと毎日中華ランチへ行くような、そんな生活を送っていたのだった。

こんな風になりたくて、あの日1人で飛行機に乗ったわけでも、頑張り続けてきたわけでもない。
あまりに虚しくて、もう死のうと思ったのは25歳と1ヶ月、2021年があと1週間で終わる頃だった。
ベタすぎて笑ってしまうかもしれないが、死ぬなら、東尋坊に行ってみたかった。
理由は、瀬戸内育ちの私は日本海をきちんと見た事がなく、最後に日本海を見てみたいと思っただけ。
人は割と突然、死のうと思うもので、前日に墓石と遺影を手配し、暖かい布団に入るのは最後だと感じながら寝た。
そして、起きたら特に深く考えずに支度をして、大阪方面行きの新幹線に飛び乗った。

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予定外だったのは、というより無知だったのは、当たり前に雪が降るということ。
幼い頃は雪なんて数回しか見た事がなかったし、東京に来てからは雪が降るとなったら前日から大騒ぎになるから。
雪ってこんなにも当たり前に降るものなんだ。
名古屋を越えたあたりから、雪が降り始め、気がついたら新幹線が止まっていた。
本来、米原で乗り換えるはずの特急しらさぎは大雪で運休。
12月の日本海を完全に舐めていた。

そして、冒頭に戻る。
私はサンダーバードに乗り換えるために京都まで行き、東尋坊で飛び降りているはずだった時間をとうに過ぎて、その日、福井駅までしかたどり着けなかった。

何を着ていったらいいか分からないなりに、いちばん暖かそうなベンチコートの中に厚手のニット、そして唯一持っていたDr.Martensのブーツを履いていった。
そのお陰か、別段体が凍えることもなく、ただただ静かで澄んだ空気に心が洗われた。

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ここで暮らせれば、別に東京に執着することも、地元に戻る罪悪感も、何も無いのにな。

適当なホテルに素泊まりし、起きた頃には墓石と遺影を手配していたせいで、家族にバレて連れ戻されることになっていた。
とんだ迷惑な娘で申し訳ないが、墓石はどうしても庵治石が良かったし、遺影は盛れてる写真が良かったから、勝手に決められたら成仏できない。

自業自得なのか、間一髪なのか、分からないけれど、ただ今となってみれば、あの夜の、冷たくて澄んだ福井の空気があまりに気持ちよくて、忘れられない。
馬鹿みたいな動機だし、本来の目的地ではなかったけれど、福井に辿り着けて良かった。

もうそこで死ぬ気なんてないから、福井のあの夜にもう一度行きたい。