ある時、私はお菓子と一緒に好きな人にラブレターを渡したことがあった。
曖昧な関係を終わらせるために。
その日は、私のことを考えて欲しかったという我儘な気持ちだけがあった。
しかしながら、そんなに上手くはいかない。
相手は、私がラブレターを渡したあと、別の女の子に連絡先を聞いていた。
それを目の前で見てしまった。
見て見ぬフリはできなかった。
私が泣かなかった理由は、出来事が仕事場だったということだけだ。
◎ ◎
私は以前から、いつその人にラブレターを書いて渡すか悩んでいた。口で想いを告げることはリスクがあった。
それは、会うことができるのは、仕事場だけだったからだ。
誰かに聞かれたらすぐ噂が広まる。
まるで学校のような職場だった。
気がつかないうちに噂は広まる。
ありもしない噂まで一人歩きする。
だから、手紙で渡すしかなかった。
そして、私の想いは届かないことを知っていた。
あの人には恐らく好きな子(気になる子)がいるのだ。
仕事場でその子がいると、必ず近くに行き、話しかける。
◎ ◎
私以外の職場の人も気づいていた。あの人がその子を狙っていることを。
爽やかな声で挨拶をする。その声は職場には響いていなかったかもしれないが、私には響いていた。
あの人は、私の元には来なかった。
あんな爽やかな声なんて、聞いたことがない。
知っていたからこそ、ケリをつけたかった。
想いを伝えてしまいたかった。
職場には様々な目がある。
いい意味でも、悪い意味でも。
ただ、それが当事者には届かない仕組みになっていた。
ちなみに、私の想いも職場の何人かにはバレていたらしい。
◎ ◎
いつ手紙で伝えようか。
それはバレンタインデーのお菓子を渡す時に決めた。
想いを伝えるためには丁度良い行事だ。
長々とした想いをズラズラと綴ることは私には合わない。
端的にまとめた。小さいメッセージカードに書いた。勿論封筒に入れて。
重くなりすぎない告白は、1枚のメッセージカードに託された。
私の精一杯の努力だ。
伝えずそのままいくことだって可能だ。しかし、それをやめた私。
渡す前日の夜中。私は言葉を選びつつ書いた。
渡す当日、私はお菓子と一緒にラブレターを渡した。本人に声で「好き」とは伝えなかった。
職場だったから。
「中に、ラブレター入れてあるから」
それだけを伝え、お菓子の入った袋をそのまま渡した。
「えっ!?」と少し驚いてたが、あの人はそのあと何も言わなかった。
何か言って欲しかった。それが私の本音。
しかし、スルーされてしまった。
◎ ◎
それから1時間後ほど(もう少し長かったかもしれない)、事が起こった。
あの人は、好きな子を見つけて話しかけた。
そして、連絡先を聞いていた。
わかっていたことだったが、辛かった。
その日だけで良い。私のことだけを考えて欲しかった。その想いはただの我儘にすぎないが。
目の前で偶然見てしまった私の運のなさ。自分自身を呪った。
何故、私は今ここにいるのだろう?別にここにいるのは、誰でも良いだろう?何故私だったのだろう。私が見てしまったのだろう?
連絡先を聞いていたことの悲しみというより、自分自身の運の無さに泣きそうになった。
「なーにナンパしてんの?」
私はあの人に言った。
「ひどいな〜」
あの人に言われた。あなたに言われたくはない。
本音は心の中でぐちゃぐちゃにして潰した。
◎ ◎
その後、私は相変わらず涙目だった。
しかし、泣く訳にはいかない。ここは仕事場だ。私情は仕事では要らない。
私は仕事しに来ているのだから、仕事をする。
涙目なのも誰にも見られないようにしていた。
いつも以上に行動を速くした。
止まっていたら、見られるかもしれない。
「マナマナが泣いてる」という噂が広まってしまったらめんどくさい。
私はいつものように仕事をした。
そのような苦いバレンタインだった。
同じようなバレンタインは、二度と味わいたくない。
良い人を探そうと思った瞬間だった。