数年前、和歌山を訪れた。
彼氏と別れて自己肯定感が爆下がりで、現実から離れたいと思って自分の誕生日旅行に選んだ土地だ。

私はもともと海辺が好きで、和歌山の海岸線に沿って、北からぐるっと南端に回り込み、最後は熊野古道でフィニッシュするという計画だ。

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おっちゃんと会ったのは、初日に訪れた雑賀崎(さいかざき)という漁師町で、日本のアマルフィと言われるらしい。「絶景」というワードが大好物の私は、この場所を逃すわけにはいかなかった。

夜行バスに乗って翌朝に和歌山に到着。そのままローカルバスに乗り込んで、駅前の市街地から港の方へ向かう。
なにせ初めての本格的なひとり旅なものだから、段取りは完璧だ。巡りたい場所は全部Googlemapにマッピングしてある。記された場所は全部周ろうと気合十分だ。海を眺めたり、灯台に行ってみたり、次々とクリアしていく。

ただこの時、私の体力はかなり消耗していた。
というのも、2泊3日分の旅行バッグを背負った状態で、交通機関が発達していないこの港町、しかも急な坂道を、のぼったりくだったり。思いがけず急接近した台風のおかげでムシムシとしており、時折雨も降っていた。

秋口だからと薄手のニットを着ている私は完全に服を間違えていて汗が噴き出すばかりだが、休憩する場所も見当たらない。唯一頼れるのは歩みを進める自分の体力だけ。

そんな時、急に軽トラが止まって、おっちゃんに話しかけられたのだ。
「こんなとこでなにやってるのー?」
私はへとへと声で、この地を旅行で訪れたことを伝えた。
「へ~こんなとこまで?どこ行きたいの?連れてってあげるよ」

人影少ない港町の平日真っ昼間に女の子がひとり、大きなリュックを背負ってせっせと歩いている。よく考えたら、その姿が珍しく見えるのも無理はない。
正直、おっちゃんの急な提案には驚きとともに「見知らぬ人にほいほい着いて行っていいのか……?」という心配がよぎったが、ぱっと見て人の良さを感じたし、何より足が限界だった私にとって、おっちゃんは救世主だった。

言葉に甘えて私の行きたいところを伝え、それ以外にもおっちゃんのおすすめスポットを巡ってくれた。時々軽トラから降ろしてくれて、たくさん写真を撮った。記念にと、私のことも撮ってくれた。この旅で数少ない自分が映る写真だ。

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一番の思い出は、おっちゃんとしらすのかき揚げを食べたこと。
市場にたくさんの海鮮物が並んでいたのだが、かき揚げはおっちゃん一押しとのこと。なにも御礼できないから、おっちゃんの分くらいご馳走したかったのだが、頑なに「いいのいいの」と言って、むしゃむしゃと平らげていた。

港町をざっと周って、出発地の駅前市街地まで送り届けてくれた。
最後は「じゃあね~」とすーっと走り去ってしまったのだが、私は心の中で何度も「ありがとうございました」と御礼を言いながら、小さくなる軽トラを見届けた。

旅先で人のあたたかさに触れるとよく聞くが、まさかこんな形で経験するとは。
「これが旅の醍醐味というやつか!」と味をしめたことで、旅先でだんだんと、見ず知らずの人にわからないことを聞いたり、話しかけたりできるようになった。
緊張しいで、人に話しかけるたびにドキドキしていた私はもういない。

余談だが、この旅でもう一つ身に染みたのは、「歩き回るときには、荷物は事前に預けましょう」という教訓。
だんだんと旅慣れしてきた私だが、これからもちょっとした人との触れ合いやそのあたたかさを楽しみに、軽快に足を動かしていきたい。