新卒で入社した会社では、入社してから半年間、研修期間が設けられていた。
研修先は配属先とは別の事務所で、社員寮生活をしていた。
研修期間も終わりに差し掛かった夏の終わりだった。

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台風が来ていて、大荒れの金曜日。
学生と違って、社会人となると台風で暴風警報が出ていても、大雨が降っていようとも、会社に行かなければならないのかと肩を落とした。
天気予報を見ながら、不謹慎ではあるが、警報の発令を心待ちにしていた高校生までが懐かしい。

大学では、大荒れの天気の日は、教授の都合で休講になることも多かった。
まだリモートワークが一般的ではなかった時代だったので、傘がひっくり返るような風の中でも、外に出て働きに行くというのが社会人なのかと、洗礼を受けた気持ちになっていた。

私は、研修の課題発表の事前提出をしたところ、これでもかというほど指摘を受け、凹んでいた。
これまでの社会人生活を振り返ると、大した指摘事項ではなかったかもしれない。
しかし、当時はこんな初歩的なことにも、気づけなかったのかと、落ち込んだ。
お昼休みに一緒の席に座った同期の男性二人に、事前課題のフィードバック内容に凹んでいることを、こぼした。
この二人は寮でも時間が合えば、ごはんを一緒に食べる中だ。

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気を落としている私を見て、一人が「明日、ダム湖にドライブに行かないか」と提案してくれた。
もう一人も頷く。
私を元気付けようとしてくれているのかと、申し訳無いと思ったが、噂に聞いていたダム湖には行ったことがなかったので、良い気分転換になるだろうなと考えて、その誘いに乗ることにした。
窓の外は、灰色の雲に覆われていて、雨がまだ降っていた。
明日は、天気は回復するのだろうか。そんな風に不安を抱えていた。

翌日、その不安は杞憂に終わり、前日までの台風が嘘のように晴れた。
ダム湖までの道すがら車の窓を開けると、大雨に洗われた後の新鮮な緑の匂いがした。
ダム湖に到着し、雲ひとつない青空を見上げる。
雨露に濡れた青々とした草が、太陽の光を反射していて、眩しい。
ダム湖に溜まった水は、青とも緑とも言い難い不思議な深い色で、とてもきれいだった。
前日の雨が嘘かと思ったが、よく見るとダム湖に注ぐ流れが土砂を含んだ色をしていた。
山の澄んだ空気が気持ち良い。
景色に感動しながら散策しているうちに、仕事のもやもやはいつのまにか消えていた。

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あのダム湖に、もう一度行きたいと何度か思った。
もちろん私は、ダム湖の場所を知っている。
しかし、台風一過の青空の下、あの二人と行かなければ、あのときの感動は得られないだろうと思っている。

入社して4年が経ち、あのとき一緒にダム湖に行った二人のうち、一人は転職し、もう一人は転勤で別事業所に配属になった。
今は、同棲を始めたり、結婚したりと、それぞれにそれぞれの生活がある。
キラキラ輝いて見えたダム湖のあの景色は、心の中にしまって、仕事で凹んだときには、ひっそりとあのとき撮った写真を眺めるだけに留めている。