「おーい、早くしないと飛行機乗れなくなっちゃうぞ〜」
まるで梅雨の終わりを喜ぶように、太陽が日差しを地面に浴びせる中、太陽以上に元気な父が大きな声で私たちを呼んでいる。
「まだ全然時間余裕じゃん。中でビールでも飲んでゆっくり待とうよ〜」
気だるそうに私が応える。大きなスーツケースを持つ手に汗が滲む。
あぁ、暑い。この喉の渇きを潤せるのはビールしかない。
そんなことを考えながら、足早に進む父を追いかけた。

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場所は茨城空港。時は3年前の7月。24歳にして人生初めての家族旅行。行き先は沖縄。
初の家族旅行であり、私にとっては初の沖縄旅行であった。家族旅行といっても、行くメンバーは父と兄と私の3人だけ。母は幼い頃に事故で他界していて、10歳上の姉は子どもの行事で参加が難しく、「家族全員での家族旅行」は今回叶わなかった。

そんな中で何故、家族旅行することになったのか。それは、父が還暦を迎えたためだ。
好奇心旺盛でおしゃべりで、とにかく明るい父。父に対して思うことは沢山あるが、こうして元気に還暦を迎えられたのはとても喜ばしいことだった。何かプレゼントをするのも良いかもと考えたが、父の希望で今回沖縄に行くことになったのだ。
観光スポットも食べたいモノも全て父チョイス。今回の主役はまさに父だ。三日三晩、兄と父と常に行動を共にするなんて、今まで生きてきて初めてなんじゃないかというくらい新鮮だった。とにかく今回の家族旅行は「初めて」のことが沢山詰まっているようだ。

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無事沖縄に到着。早速タコライスを食べ、ビールを飲む。美味い。本場のタコライス、そしていつもと違う場所、雰囲気。ただそこにいるだけで、非日常を存分に感じているようだった。
そこからはとにかく食べて飲んでを繰り返す。いつもなら、心配症な父や兄を鬱陶しく感じてイラついてしまう私だが、その時はただひたすらに楽しかった。他愛の無い話、くだらないジョーク、明日はどこに行こうか。そんなことを話している中で、「家族の温かさ」を強く感じた。

我が家には「とても複雑」という程諸々の事情があるわけではないが、家族で遠出をすることや、お祝いをする機会が他の家族に比べてとても少なかった。それは、父の仕事の忙しさだったり、兄と姉が私より10歳年上でなかなか時間が合わなかったり、とにかく、家族全員で過ごすという時間が全くなかったのだ。
幼いながらにそのことに対して寂しさを感じていた私にとって、まさか大人になって家族旅行ができるなんて奇跡のようなものだった。それも父の還暦。ここまで育ててくれたこと、元気に過ごせていることに、ただただ感謝しかない。

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沖縄の海を満喫し、居酒屋へと向かった最後の夜。お酒を酌み交わしながら、父と兄とゆっくり過ごした。
「このチビがまさかこんなに大きくなるとはな〜」と、私を見て笑う2人。少し恥ずかしい気もしたが、なんだか悪い気はしなかった。
海に首里城に国際通りにレコード屋。沖縄だから楽しめたことや新たな発見が沢山あった。父が行きたかった沖縄に、こうして家族で旅行に来られたこと、幸せでしかない。写真をみるたびに思い出すのは、沖縄の風と、家族の温かさだ。